第19話 保護者

2人が目を閉じ、もうダメかと思った次の瞬間。強い風が吹いた。

つむじ風のように目の前に風が吹いた。とても暖かく優しい風だった。

不思議な感覚があった。

何が起きたのか2人には分からなかった。


「伯。旭陽。無事か?」

朱伎がにっこり微笑んだ。


朱伎は伯と旭陽の前に立っていた。2人の後ろには棗と八白が立つ。


伯と旭陽は恐る恐る瞳を開けると目の前に朱伎がいた。この時の2人の安心感は計り知れない。助かったと心から思った。

本当に泣きそうなくらい安心したことを伯は生涯忘れない。


「朱伎…様。」

「ご頭首様。」

伯と旭陽は安堵の声を上げた。

それ以外の言葉が出ないというのが正しかった。


「伯。お前。何をしている?」

「え。兄さん?」

伯はビクッとして後ろを見た。


伯のすぐ後ろにものすごい形相の棗が立っていた。その声も表情もあからさまに怒っていた。


「棗。後にしろ。」

「はい。」

朱伎は今にも怒りだしそうな棗を諫めた。


朱伎が止めなければ、この場で伯に説教をしていただろう。もちろん心配しているからこそ怒るのだが。今はそんな状況ではない。


「ご頭首様。ごめんなさい。」

旭陽は泣きそうな表情で言った。


「よく頑張ったな。もう大丈夫だ。」

朱伎はにっこり微笑んだ。


すべて分かっている。だから大丈夫。とそう言っているような優しい表情だった。


そして朱伎は前を向いた。自分の敵ではないが、子供たちを傷つけようとした以上、見逃すわけにはいかない。

自分の力を見せつける必要があった。


朱伎は無詠唱のまま一瞬で終わらせた。跡形もなく消えていた。

ほんの一瞬、魔獣を見ただけで魔獣は朱い光に包まれ消え去った。


子供たちには何が起こったのか分からなかった。見えなかったというべきか。

朱伎は光の法術を使い攻撃をした。法術ではなく剣の攻撃でも良かったが、自分の存在をこの場所に知らせるために法術を使用した。

おそらく今の法術で魔獣たちはしばらくおとなしくしているはずだ。

朱伎に向かってくることもないだろう。

敵に回してはいけない者がいることを力で示したのだ。


そして目当ての者にも自分の存在をアピールしていた。状況を最大限に活かした。


伯は自分の無力さを改めて実感した。そして朱伎の力を感じた。

自分では敵わない存在なのだと理解した。

あまりに圧倒的過ぎて何もできないと感じた。


「さて。伯。お前のやりたいことはできたか?」

朱伎は振り返って伯に問いかける。


とても優しい表情だ。怒ることもなく伯の答えを待つ。答えは分かっているが本人に考えさせる。

伯は静かに首を横に振った。それ以上の言葉が出なかった。何も言えなかった。


「なぜ?」

「今の俺の力では何もできません。」

朱伎の問いに伯は静かに答えた。


伯は自分の無力さと情けなさを実感していた。自分の無謀さで旭陽を危険な目に遭わせたことは間違いない。

旭陽を護るために傍にいることを忘れてはいけなかった。

自分が護られているだけの子供だという事を改めて実感した。


「そうだな。己の力を知り、そこから這い上がれ。」

朱伎はにっこり微笑んだ。


まだ子供であることを理解し、己の弱さと無力を知り、初めて強くなれるのだ。という事を知る必要があった。


「はい。」

伯はしっかりと頷いた。


「よし。さて。私は先へ進むがお前たちはどうする?」

朱伎は後ろの四聖人たちに問いかける。


「ここまで来たら、ついていきますよ。」

「そうだよね。」

棗と八白は大きなため息をついた。


頭首が無理難題を言う事は分かっていた。ここで帰るわけがないことも分かっていた。

そして彼女の目的は子供たちを助けるためだけではないことを知っていた。

付き合うしかないことも分かっていた。ここに頭首を1人残すわけにもいかないのだ。


「でも。」

伯は困ったように呟いた。


「伯。大丈夫だ。俺たちがいるし朱伎様がいる。」

棗は弟を見つめる。


「伯。ここまで来たんだ。お前が逢いたかった者に逢わせてやろう。」

朱伎は明るく笑った。


これから進む道に希望を持っていた。

朱伎には何があるのか。誰がいるのか知っていた。

そして自分が彼を開放しなければならないことも分かっていた。






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朱色の瞳 ~始まり~ 美李 @LEMON-MEI

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