第4話 少年と少女 (3)
「はい。キレイですね。」
旭陽は頷いた。
朱伎の隣に立ち同じ景色を見つめる。当然だが、初めてこの場所から里を一望した。不思議な感覚だったが、とても美しかった。
「そうだろう。私の愛すべき里だ。この里は私のすべてを懸けて護る価値がある。私はこの里を護るために生まれてきた。」
朱伎はにっこり微笑んで隣に立つ旭陽の頭を優しく撫でる。
それは嘘偽りのない本心だ。自分の一族が命を懸けて護り続けたものを自分が受け継いで護ると誓った。自分は里を護るために生まれて頭首となった。
「ご頭首様。」
旭陽は朱伎を見上げる。
その瞳には尊敬の眼差しがあった。頭首の口からその言葉を聞けたことを嬉しく思う。
「くだらねぇ。」
伯は吐き捨てるように言った。
「伯。お前…どうした?」
朱伎は静かに問いかける。不思議そうな表情で伯を見つめる。
「くだらないだろ。里を護るなんて。力がなきゃ何も護れない。結局は力なんだ。」
伯は強い口調で言った。
「伯。お前は何に対してそんなに怒る?護ることの本当の意味をお前は誰よりも分かっているはずだが?」
朱伎はまっすぐに伯を見つめる。
この少年のことは幼い頃から知っている。悲しい過去を持ちながら必死に生きる子だ。そして、とても心優しい子だ。里を心から愛し、里を護るために警護官になることを目標に日々、鍛練していることも知っている。
だから、少年の言葉に驚いた。何かに怒っていることは分かるが、何に対して怒っているのかは分からなかった。
「…。うるせーよ。ぐうたら頭首のくせに説教かよ。」
伯は言ってから逃げるように走り出した。
「伯。…ご頭首様。ごめんなさい。伯はあんなことを言いたかった訳じゃないの。」
旭陽は悲しそうな表情で言った。
「ん。ああ。お前が謝ることじゃない。気にするほどのことじゃないしな。そんなことより伯はどうした?」
朱伎は静かに問いかける。
伯の態度も言葉も気にするほどの問題ではない。問題なのはあの少年に何があったのかだ。
「この前の任務を引きずっていて…。」
「なるほどな。あの件か。わかったよ。」
旭陽は言葉に詰まったが、朱伎には十分、伝わった。
あの少年の言葉の意味を理解した。何に対して怒っていたのか分かった。
「自分のせいで任務は失敗して、先生がケガをしたって…。伯のせいじゃないのに。」
旭陽は静かな声で言った。
先日、伯と旭陽は試験として任務を行った。順国の使者を送り届ける危険のないはずの任務だったが、何かに襲われた。
あまりに突然のことで自分たちは何もできなかった。朱伎が助けに来てくれたが、先生が大ケガを負った。自分たちを護るために命懸けで戦っていたことで伯は自分を責めていた。
そして、その件について箝口令が敷かれたことも納得できないらしい。朱伎は当事者たちに当面の間、何もなかったことにするように指示を出した。
「あれは誰にも予想できなかったことだ。自分の無力を嘆いているのか。」
朱伎は静かにため息をついた。
あれは誰のせいでもない。里が直面する危機はあの一件から始まった。このことを今の段階でこの子たちに伝えられないのは心苦しい。
伯が自分を責めることはないが、自分の無力を嘆いて、やり場のない怒りを抱えていることは理解した。その気持ちはよくわかるし、誰もが通る道だ。
「お前は箝口令に文句ないのか?」
朱伎は静かに微笑んだ。
「はい。頭首様は私たちを護るために今も動いていますよね?だから信じています。」
旭陽はにっこり微笑んだ。
「お前は賢いな。ありがとう。」
朱伎は優しく微笑んだ。
この子は今の状況を正しく理解していると感じた。本当に賢い子だ。
「はい。」
「それで?旭陽。伯は何をして力を得るつもりだ?」
朱伎はにっこり微笑んだ。
少女を見つめる朱伎の瞳はすべてを見透かしているようだった。あの少年が何かをしようとしていることは察しはついた。それをこの子は知っていると感じた。
「え…。分かりません。」
旭陽は首を横に振った。
「分からない…か。まぁ、いい。とにかくあいつが何をするつもりでいるとしても、無茶をしないように、お前が傍にいてやれよ?」
朱伎は優しく微笑んだ。
すべてを包み込むような瞳で旭陽を見つめた。あの子の傍にいてくれればそれでいい。
「はい。」
旭陽はしっかりと頷いた。
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