第二章 黒い歴史

第1話 官吏会議

「さて。どうしたものかな。」

 朱伎は深いため息をついた。


 胡座で座り、右膝の上に右肘を乗せて頬杖をついている。様々なことを頭の中で考える。

 最悪の事態も想定している。今ある少ない情報で、それなりの答えは出ているが、自分の出した答えを信じたくないのが本音だ。


 それでも自分が決断しなければならない立場であることは百も承知だ。難しい決断も自分の本意ではない決断をすることもあるが、自分が下したすべてに責任を負う。


「何か手を打たねばならないでしょう。朱伎様。ご命令を。」

 ラキは静かな声で言った。


 黒色の髪に黒色の瞳の青年は朱伎の前で片膝を付き、その命令を待っている。

 頭首の命令を伝えるために飛び立つことがラキの使命だ。


 この状況に何か手を打たなければならないことは明白だ。里が混乱に陥る前に、できるだけ早く彼女の意思を。決断を伝えなければならない。


「歴史に埋もれた影の再来か?」

 朱伎は厳しい表情で独り言のように呟いた。


 事態の報告を受け、手を打たなければならない状況であることは理解した。

 語り継がれている古い伝説を思い出す。伝説のすべてが真実ではないと理解している。

 伝説のすべてが真実であるなら混乱を起こす事態になりかねない。だが伝説の中には真実も隠されている。

 隠されている真実のすべてが正しいわけではなく、公にすべきではない真実が存在することも事実だ。

 だからこそ手遅れになる前に動かなくてはならないが、慎重に対応しなければならない。


「そうではないことを願います。」

 ラキは短く答えた。


 他に答えようがなかった。頭首の勘が確信であることは分かっているが、信じたくないのは分かる。


「だな。よし。最高官吏会議の招集を。四聖人だけでなく長老も集めろ。じい様も呼べ。大至急だと伝えろ。」

 朱伎は姿勢を正し指示を出した。


 最高官吏会議は森羅の里で最も力を持つ者たちによる会議だ。

 この会議が開かれる時点で緊急事態だと呼ばれた者たちには伝わる。その機密ランクは最高に位置し、余程のことがない限り開かれることはない。


 会議内容は最高機密であり、情報が洩れることはまずない。会議そのものが非公式であり会議の内容は記録として残ることはない。招集された者たちの頭の中にだけ情報が残る。

 記録が残ることのない会議だからこそ、その内容が洩れることがあれば里は大変な危険に陥ることになる。


 定期的に行われる官吏会議があるが、これは頭首と現役の四聖人、里の司法の要となる法人と法規人の長、警護官の長、他に数名で行われる。


 最高官吏会議は頭首と四聖人、頭首が必要とした者たちが招集される。


 今回は先代四聖人と長老と呼ばれる四一族の相談役である老人たちを招集した。朱伎の祖父であり五代目頭首も招集した。


 永い年月を生き多くを知っている先人の知恵と経験が必要となる緊急事態だと朱伎は判断した。


「はっ。」

 ラキは短く答えた。


 そして、その場で鷹へと姿を変えて優雅に青い空に飛び立った。ラキの翼は広げると2メートルほどになる。その姿はとても美しく見とれるほどに優雅だ。

 ラキの一族は遠い昔から森羅の里・頭首に忠誠を誓い、その伝令を届けている。誰よりも速く、正確に、確実に頭首の言葉を届けることがラキの使命だ。ラキはその任もこの上ない名誉であり誇りだと思っている。


 朱伎はラキが飛び立つのを見送ってから、その場に寝転んだ。

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