第2話 ●診察 ~ちゃんと聞いてね

「ハイ、では首を左右にゆっくり動かしていただけますか?」


ノワールは、寝違えて首を痛めてしまった執事であるアルジャンの首に針治療を施した後、動かすように指示をした。


「おお!だいぶ痛みが無くなりました。ありがとうございます!」


銀髪の執事のアルジャンは先ほどの動かせないほどの首の痛みが嘘のように和らいだことに感嘆の声をあげた。


「まだ、完全に治ったわけではないので、くれぐれも無理な運動をしないでくださいね。」


だが、そういっているそばから、痛みが和らいだ喜びからか、アルジャンは首ブリッジを始めた。


(バ〇なのかな、この人は?)


ノワールは注意する気も失せ、思わず目頭を押さえた。




実は今ノワールは、先ほどフォルテが話題にしていた、『最近大きな屋敷に引っ越してきた人』の屋敷に訪問診療で訪れている。


なんでも、貴族の娘のディオールと執事のアルジャンの二人で、この屋敷に住んでいるとのことだ。


そして今回、その執事が首を痛めたため、ノワールが訪問診療に訪れた。




先ほど、ダイナーの食堂でフォルテが問いかけてきた際には、すでに診療に向かうことは決まっていたが、それはあえてフォルテには伝えなかった。


いわゆる医者の守秘義務である。


もし、「これから訪問診療に向かう」、などと口走ったら、あとからあれこれ聞かれるであろうことは、目に見えているので。




「そうそう、先生、実はディオールお嬢様の体についても相談があるのですがよいでしょうか?」


アルジャンの依頼に、もちろん、ノワールは快諾した。


アルジャンは別室で待機していたディオールをノワールの前に連れてきた。


歳は15歳で、ブロンドの髪がきれいな、いかにも貴族、という雰囲気を漂わせている小柄な女の子だ。


「先生、よろしくお願いします。」


そういって、ディオールはノワールに一礼した。


貴族とは言っても、高飛車な感じはなく、非常に腰の低い感じだ。


ノワールとしては、『貴族は横柄』という偏見を持っているため、少し拍子抜けしてしまった。




話を聞くところによると、ディオールは生まれた時から虚弱体質で、医者から処方された薬が手放せないとのこと。


だが、このオダワ町に移り住んできたことにより、その薬も手に入りづらくなる。


そのため、ノワールに処方してもらえないか、という相談である。




「ちょっと、その薬を拝見できますか?」


ノワールはディオールが飲んでいる薬を確認した。


いわゆる漢方薬に近いもので、配合を確認したところノワールが調合して処方できるものだった。




その薬がディオールの症状にあっているかどうかも念のため確認する必要があるので、ディオールの問診をしたところ、確かにその処方された薬で問題ないことを確認できた。


ただ、気になる点があった。


「ディオールさん、ちなみに、この薬はだれが処方したものでしょうか?」


「ハイ、わたしはよく覚えていないのですが、10年前にあるお医者様が処方したものだ、と聞いております。その際、そのお医者様が調合のレシピを残していってくださったようで、その後はわたしのかかりつけのお医者様がそのレシピに従って処方してくださっておりました。」


ディオールはスラスラとノワールの質問に答えた。


関係ないが、その答え方はとても品があり、いかにもお嬢様、という感じである。


ノワールが気になったのは、その調合であった。


もし、ノワールがディオールに処方するとしたら、ほぼ同じような調合をして薬を処方していたはずであった。


ノワールの調合には少し癖があり、その癖が垣間見える調合であった。


この時は、「同じようは調合をする人もいるもんだな。」という感想で済ませてしまったが。




「この薬のおかげで、体の弱いわたしでも、ある程度人並みの生活が送れているので、このお薬を処方してくださったお医者様には、本当に感謝をしています。この薬を飲まないと、ベッドから起き上がることもままならないのに、薬を飲むと、ある程度日常生活を問題なく送れるので。」


ディオールの言葉にアルジャンは感動的な話とばかりに、少し大げさにハンカチで自らの涙を押さえていた。


確かに、いい話なのだが、


(なんだろう、この違和感は?)


とノワールは少し怪訝に思った。ディオールとアルジャンの対応がどこか劇団ぽく感じた。


だが、深く考えても仕方がないので、とりあえずその違和感は放置することにした。


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