愚者の直感 ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

愚者の直感




 俺、やると決めたらやる男だ。


 渋谷に出て来たのは、計画を決行して有名になるためだ。


 計画も練りに練ったし、そのために準備はきちんとした。


 手にしているボストンバッグの中に準備した道具は揃っている。


 何度も開けたままにしているボストンバッグの中身は確認している。


 これだけあれば事足りはずだ。


 ギネスに……いや、記録に残るくらいの事は普通にやれるはずだ。


 世界的に有名な渋谷のスクランブル交差点で、計画を実行して俺は有名になる。


 全世界に配信されて、俺はきっと有名になる。


 絶対にそうだ。


 俺は絶対的に有名になる。


 そのために、俺はここに来たのだから。


 心がそわそわするし、心臓の鼓動がいつもよりかは早い。


 計画はきっと上手く行く。


 焦るな。


 焦るな。焦るな。焦ったら駄目だ。計画が失敗に終わる。


 俺の一世一代の計画がご破算になるから逸るのも、焦るのも厳禁だ。


 渋谷駅を出てスクランブル交差点まで来ると、丁度赤信号に変わって人の流れが途切れて、車がここぞとばかりに往来を始めた。


「……ふぅ……」


 俺は自分を目をぎゅっと閉じて、落ち着かせるために深呼吸をした。


 そして、目を開けた瞬間、俺は全身が硬直したかのように動かなくなった。


 いや、動けなくなった。


 スクランブル交差点の先に、左目を眼帯で覆った巫女が一人立っていた。


 あの巫女は蜃気楼なのだろうか?


 私はその巫女から目を反らす事ができなかった。


 周辺には十数人以上が赤信号で待っている中、その巫女の存在感が圧倒的で、彼女以外が存在していないかのように錯覚してしまうほどだ。


 そして、彼女は私を刺すような視線で凝視している。


 まるで彼女の存在だけが蜃気楼で、他の人々は現実なのだという


『彼女から目を反らしてはならない』


 私の直感がそう告げていた。


『や』


『め』


『な』


『さ』


『い』


 巫女の口がそう発音しているかのように動いた。


 目の錯覚か?


 向こう側にいる人物の口の動きがしっかりと見えるはずがない。


 あり得ない、あるはずがない。


 そんなはずはない。


 たぶん目の錯覚だ。


 壮大な計画が控えていて気分が高まっているせいで、そのように見えただけだ。


 幻覚か何かに違い何かだ。


『あの巫女が言うように止めておいた方がいい』


 またしても、俺の直感がそう告げてきた。


 いや、ここで止める訳にはいかない。


 ここで止めれば、ただのチキン野郎になってしまう。


 俺は自分自身を鼓舞する意味で、瞑目をして頭を左右にぶんぶん振った。


 逃げる訳にはいかない。


 ここが俺の正念場だ。


 失敗も、後退も許されない。


 俺の一世一代の見せ場なのだ。


 この計画を実行すれば、確実に俺の人生は充実するんだ。


 直感は俺の弱音から出て来た物だ。


 耳を傾けるべきじゃない。


 そんな戯れ言は俺には無用だ。


 直感なんてものは……信じるに値しない。


 俺はやるんだ、絶対に!!


「……おバカさん」


 不意に俺の耳元で誰かが囁いた。


 ゾクッと背筋に怖気が走り、声はどこから聞こえてきたのかと思い、周囲を見回すも、俺の周囲には誰もいなかった。


 いることはいるのだが、誰もが俺と距離を取っていて、遠巻きに警戒心を露わにしている。


 誰だ?


 今、俺に囁いたのは?


 もしや、あの巫女か?!


 確認するかのように俺は向こう側に立っているであろう眼帯の巫女を見やる。


 巫女は俺の事を僥倖している。


 何故、俺ばかりを見る?


 俺が何をするのか分かっているというのか、お前は。


 そんなはずはない。


 俺の計画が見抜かれるはずはない。


 俺の壮大な計画がここで頓挫するはずはない。


『計画は何故かバレている。止めておけ』


 またしても、俺の直感が囁く。


 だから、ここで止める訳にはいかないんだ。


 俺が有名になるためにはやっておかければいけない計画なんだ。


 だから、俺はやってやる!!


 丁度その時、信号が赤から青に変化した。


 この好機を俺が逃すはずはない。


 俺は閉めてはいないボストンバッグの中から刃渡り三十センチのジャックナイフをまずは二本取り出して、左右に構えた。


 まずはこの二刀流で殺しまくってやる。


 俺はここで殺した人間の数でギネスに載るんだ。


 ここで世界的な通り魔犯罪を行ったとして世間で騒がれるんだ。


 俺をバカにしていた奴らもそれで目を覚ますに決まっている!!


「うおおおおおおおおっ!!」


 雄叫びを上げて凶行に及ぼうとした時だった。


「なんておバカさんなのですか」


 俺の目の前に左目に眼帯をしていたあの巫女が立っていて冷笑していた。


「俺を笑うな!!」


 まずはこの巫女からだ!!


 絶対に殺してやる!


 俺を笑いやがって!!!


「あなたが嘲笑の対象だからでしょう」


 また耳元で囁かれた刹那、俺の身体が宙を舞った。


 何が起こったのか理解はできなかったが、まずは視界に空が見えたと思ったら、地面が眼前に迫っていた。


 そして、激痛が走ったと思ったら、交差点のアスファルトが俺の視界を占めていた。


「バックの中に入っている凶器を見せびらかしながら凶行に及ぼうとする者は愚者としか言いようがありません」


 身体が動かない。


 何故だ。


 何かに押さえつけられているかのように動かない。


「周りの人達がバッグの中に入っている凶器に気づかないわけはありません。それなのに、愚行を行う者はやはり愚かとしか言いようがありません」


 俺の計画は万全であったはずだ。


 俺がミスなど犯すはずがない。


 この女のせいで、俺の計画がご破算になっただけだ。


 俺が愚かなせいではない。


 俺が悪いじゃない。


 この巫女が悪いんだ。


 俺の計画を邪魔しやがって……。


 俺の一世一代の犯罪計画を邪魔しやがって……。


「私ではなくとも、あなたがここで凶器を振り回す事はいとも容易く想像できた事でしょう。その事さえ判断できないとは、あなたは本当におバカさんですね」


 俺の計画は完璧だった。


 何も悪くはない。


 俺が悪いんじゃない。


「直感に従えば良かったのでしょうね。直感が警告したいでしょう? 止めるべきだと。それなのに耳を貸さなかったあなたは、唾棄すべき愚か者です」


 違う。


 俺は違う。


 愚か者なんかじゃない。


「愚か者でないとするのならば痴れ者でしょう。あなたのような痴れ者に貴重な時間を潰された事に私もですが、姉も怒りを感じています。自己顕示欲が強いだけの痴れ者が。地面に口づけをしたまま死ぬ方があなたのためでしょうね、痴れ者さん」


 違う。


 違う……。俺は自己顕示欲が強いだけじゃない。


 ……違うんだ……。



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