第15話 FFの限界

なぜ渋谷かと言うと・・・青葉台ー渋谷は田園都市線で

1時間くらい。

会社は田町なので、渋谷を通ると、地下にヤマハがあったりして。

僕も、帰りにサックスとかフルートを「ローンで買おうかなぁ」なんて眺めていたり。


8万くらいだったかな、サックス。月給が14万だったから、買えないこともなかった。

なんたって終身雇用の時代だし、会社ものーんびりしていたので

月給日に全部呑んじゃう人、とか普通に居た(笑)。



CR-Xも、確か・・・3万円くらいのローンだったと思う。



でもまあ、会社に出てさえいればお金は貰えるから

不安はない。

福利厚生も充実していて、有給も自由に取れる。



週休二日、しかもフレックス。


なんて「ロマンスの神様」みたいだけど

そんな時代である。



車も車検のたびに買い換える、なんて人も普通だった。



この会社がなによりもいいのは、お金を借りられる事だったりする。

それで車買ったり、学資にして海外留学したり、大学に行ったり。

僕もその制度を使った。


だから、靖子もそうするのか?と思っていた。

航空大か何かに入って・・・と言う。




でも、会社もさすがに航空大では、その後退職するに決まっているので(笑)

お金を貸してはくれなかったらしい。



この制度、勿論お金は返すのだが

無利子無担保。


靖子は、これでCR-Xを買ったのかどうかは知らないが(笑)。


後に事故を起こしてCR-Xは廃車、スープラ・ツインターボに買い換えたが。



ガサツなお転婆ではなく、とてもセンシティヴなところもあって。

会社でも、他の部署の男たちは「お嬢さん」だと思っていた、らしい。



CR-Xで飛ばすルーレット族、みたいなもうひとつの顔を知らない人は

そう思うだろう。




ちょっとわがままなところもあって。



俺が地方支社に転勤になった時・・・最後の金曜日の夕方。

5時でみんな帰る。


ひとりひとり、出て行く。

ここの慣わしで、転属する人が出口に立って

ひとりづつに挨拶していくのだけど


最後に出て行ったのが靖子で

僕は、挨拶を普通にしようと思っていた。




靖子は、急に泣き出して駆けて行ってしまった。



???


そんなに悲しいかなぁ?


夕暮れが綺麗な秋の日だった。12階のこの部署に、僕以外、誰も居なくなった。




それからしばらくして、靖子が事故を起こしたとの知らせを聞いたのだけれども。


湾岸線だかのコーナーで、オーバースピードで回りきれなかったらしい。

如何に前輪重視。とはいえ、高速になると不安定さは否めないCR-X。

オーバースピードで突っ込んで、ブレーキングしながら回る、スライドさせて・・・

なんてのは、せいぜい100km/hくらいまでの話で

前輪がブレイクしたら、もうどうしようもない。



実のところ、僕もそれでFFではなく、FRのロータス7に気が行ったので

靖子もそれでスープラに乗り換えたらしい。



ただ「重ったるい」と、あんまり気に入ってなかったようだった。





ここの部署には、他にもいろいろ・・・面白い子もいて。



昌恵は、靖子より年下の子で

確か当時21歳くらい。


丸顔、のんびり、にこにこ。大きなめがね。

髪は、大正ガールみたいにすぱっと、頬のとこで断ち切られてて。

顔黒、当時流行りの渋谷ふう(笑)・・・だから、あんまり大正ふうには見えないけど。

阿佐ヶ谷に住んでいて、お父さんは大学の先生だとか。



靖子もそうだけど、会社がのんびりしてるので

若い女の子はTシャツで事務をしてたりする。

うすーいのだと、ブラジャーが透けて見えて(笑)。

若い男は発情してしまう(笑)。



そういうのも黙認だったのは、まあ、OLって・・・・お婿さん探しみたいな

感じもあった当時である。



社内恋愛・結婚は割りと多かった。

部長はお父さん、課長はおじさん。


そんな感じの家族的な雰囲気。今からは想像できないだろうと思う。

叱咤激励なんて事はしない。


上司が尊敬できる人だから、その人が頑張っていたら

「お手伝いしよう」


自然にそう思う。


だから、サービス残業なんて言葉もなかった。

家族なんだもの。



その代わり、暇な時は夕方になると会社でお酒飲んだりしてたし。

家なんだもの。


なので・・・適齢期の男女は、カップルになるのも自然だった。



暇そうなおばちゃんが、縁結びに来たりして「庶務課のあの子が、あなたがいい、って言う


の」

とか。


それでカップルになったりもしたし


研修、と称して土曜に会社に集めて

実際は若手だけのコンパ、みたいな。



そんな時代だった。

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