うんめいのひと。ep3
arm1475
うんめいのひと。
自分にとってのうんめいのひとって、直感で理解するんだよね、ああ、このひとだって。
だから、そんな人を見つけた日は、やった、って喜んじゃう。
前の人は期待外れだったけど、今日の人はぜったい違う。
長持ちしてくれるよね?
「管理長、また
「これで17件目だな」
「コレが仮想空間なのが幸いですよ」
「まさかビジネス用のVRシステムのベータテスト中にそんなバカが現れるとは思わなかったが、やはり今回もどこからアクセスしているか分からないのか」
「ええ。ログを見ても突然出現しています」
「被害者がどういう奴に襲われた事は分かっているが覚えていないのもよくわからんな。ベータテスターに偽装の形跡も無いから部外者であるのは間違いないが……」
「PKに殺されて強制ログアウトしたベータテスターは、擬似的とはいえ死を経験してしまって、メンタル面での障害報告が出ています。このままではこのプロジェクトの進行にも支障が……」
「わかってる。だから、突貫だが例のソリッドを用意した」
夜も更け、電灯も切られて静まりかえったオフィスで独り、PCの液晶の灯りに浮かび上がる背広姿の男がいた。
終電もとうに無い事が分かっているのか、男はひとりぼっちのオフィスで黙々と、それでいてうるさい上司の目もなくのびのびと仕事が出来る事にどこか楽しそうな笑みを浮かべてデスクワークの残業を続けていた。
「こんばんわ社畜さん」
「うわ」
男は誰も居ないはずのオフィスで声をかけられて素っ頓狂な声を上げた。
「だ、誰」
「うふふ。こんな夜更けまでご苦労様です」
男はねぎらいの言葉をかける声の主が奥の暗がりにいるコトに気づいた。しかしその声に彼は聞き覚えは無かった。
「警備員さん? きょ、許可は取ったはず」
「お仕事大変ですねぇ」
「だ、誰……あ」
男はようやく暗がりから浮かび上がった声の主の姿を見つけた。
そして唖然とした。
「アタシ、やっとみつけたアナタをずうっと見てました。ピンときたんですね、アナタだって。とても働き者。働き過ぎてこんな夜更けまで会社に居ても苦にならない。こんな無茶なコトしていたら、アナタ、早死にしちゃいますよ?」
そう言って声の主はフリルのついたロングスカートを翻した。
「そんなに死にたいなら、アタシに殺されてみません?」
声の主はスカートの裾をつまんで持ち上げて華麗に挨拶する。
男は思った。ああ。これが可憐な美少女だった、と。
「何この筋肉質の禿げおっさんんんんんんんんんんんん!!!」
「うふふ」
ゴスロリ女装した、黒光りのマッチョは顔を歪めて、それが相手に精一杯の笑顔だと気づく余裕すら与えない迫力で迫ってくる。
「さあ! アタシのアイをうケいレて殺されてててててえええええ!!!」
ぶをん。
「……管理長、死ぬかと思いました」
「お疲れさん。残業している人間を見つけては襲いかかる奴がまさかこんな変態とは、そりゃあ殺された事もあって記憶から払拭するよな」
「俺も払拭したいですよあんな記憶ぅっ!!」
「済まん済まん。でもキミのその努力の甲斐あってやっとPKの姿や挙動が明確になった」
「手当もはずんでくださいよ……今夜吞みに付き合ってくれるとか」
「はいはい、またな」
「本当にもう……」
「今回はアバターに
「被害はバッチリ出ましたよ……夢見そう」
「ともあれ、どんなツラか分かったはいいが……依然何が目的か、何処の誰がどこから侵入しているのか」
「ふむ……」
「
「なあ、奴は確かに言ったよな」
「はい?」
「ピンと、と」
「ピン……と、ですか? ああ、はい確かに」
「直感でキミを見つけた、って言ってたんんだよな。たまたま偶然、システムで造り出されている仮想空間でキミを見つけたって」
「……あ」
「このVROという法人業務システムの特性上、仮想空間内ではベータテスター全員、他のアバターの座標が表示されているハズ。サボってる社員が出ないように」
「一目で誰がどこに居るか分かるようにですよね」
「しかしアレには仮想空間にログインしているのに、他のベータテスターがどこに居るかシステムの管理外だから把握出来ていないことになる」
「管理外ということはまさか奴はこの仮想空間の外に居る?」
「いや、多分仮想空間の中に居るはず」
「うーん。システムが隅から隅まで管理している仮想空間内で感知出来ない存在ってありえるんですかねぇ」
「上手く偽装出来れば可能だな」
「今回試したかぶり物ソリッドと同じ事を、このVR空間でベータテスターの誰かがやっている可能性が出てきたのでは?」
「結論から言うとそれは無い。ベータテスターのログインポートはシステムが全て把握しているからその
「じゃあまるで幽霊の仕業じゃないですか」゛
「――そんな訳あるか、怖い事言うなよ」
「管理長、もしかしてお化け怖いんですか」
「お化けなんて実在しないものが居るなんてのはあり得んのよ。架空の人間はNPCで充分……あ」
「どうしました?」
「……ベーターのNPCリストを見せてくれ。可能なら元になった人間の犯罪歴の有無でピックアップしてな」
VROを構築する辺りこのベータテストからNPCを起用したのは、仮想空間内での雑事に回るスタッフが足りない事と、対人関係でのゆらぎがどれだけ必要かを測るためでもあった。
但し、同じセリフをしゃべらせるのでは能が無く、かといってAIを構築する時間も惜しい事から、現実の人間の記憶をデータベース化してNPCの論理回路で動かせるソリッドを作り出した。
ぶっちゃけ、人間の「人格」とは生まれ持っていたモノでは無く、今までの経験を元に作られた構築型プログラムといってもよい。記憶と照らし合わせて判断、行動し、独自に補正・修正して人間性を構築していくものなのだ。道徳観や欲求という要素を無視すれば小規模な容量でも擬似的な人工知能は作り出せる。
そこでVRO運営は、多方面から人間の記憶データを集めていた。ワークギアによる思考、人格の量子化を利用して簡易型人格データベースを作り出したのである。
VROではそうやって造り出された人工知能を持つNPCを多く利用し、システム運用での有用性を図っていた。
今夜もPKは仮想空間内を流離っていた。
PKの存在はVROのアドミニストレーターには把握する事が出来ない。システムの管理外に存在する為で、同時に彼にもVRO内に居るベーターの位置は分からない。
しかしこの仮想空間の外郭にいるからではない。外側に居るものがどうやって内側に干渉する事が出来るモノか。
では始めから内側に居て隠れていたのなら。
「――」
PKはハッとした。
誰かが近づいてきている。
偶然ではない。明らかに自分の居る座標を目指して進んで居る。
こちらから干渉するまで見えないはずの自分の存在に気づいているモノがいるのか。
いるんだ。いたんだ。
自分にとってのうんめいのひとって、直感で理解するんだよね、ああ、このひとだって。
だから、そんな人を見つけた日は、やった、って喜んじゃう。
前の人は期待外れだったけど、今日の人はぜったい違う。
長持ちしてくれるよね?
PKは歪んだ笑顔で飛び出した。
「社畜さああああああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんんん殺されてええええええええええええええええええええええええええええ」
PKはそのまま近づいてきたサラリーマンに飛びかかって押し倒し、岩のような拳で顔面を殴りつつけた。
「あははははははははははははしんでしんでしんでしんでしんでしんで過労死じゃなくてアタシの拳でしんでてででででででででででで!!!!!!」
タスクマネジメント起動。
対象:非合法ソリッド E-F0009AS
ログポート封鎖、対象NPC確認、メンタルライブラリー封鎖により解除。
鹵獲用NPC起動タスク解放、対象ソリッド回収。
「管理長、驚きました。まさか連続殺人犯までワークギアで記憶データベース化していたなんて」
「始めから殺人鬼と分かっていたらデータベース化なんてしないさ。
しかし連続殺人鬼の人格で構築されたNPCが紛れ込むようでは、NPCの運用を少し観直す必要があるな、道徳パラメータの強化が必要だな」
「SE《エンジニア》にはもう少し泣いて貰うしかないですね」
「我々が身元全部洗い直すよりはマシさ。捕獲したPKの人格ベースになった人間を警察に照会したら、半ば迷宮入りしかけていた連続殺人事件の容疑者が浮かび上がって、再捜査して貰った結果、発覚しただけの話」
「当人が内側に殺人鬼の人格を抱えていた事に気づいていなかったのも驚きです。解離性同一性障害って奴でしたっけ」
「殺人衝動の動機はまだ不明だが、このワークギアによる人格の量子化技術にはまだまだ可能性があるようだ。ただ、本人も気づいていない心理面まで見えてしまうのは少し考えた方が良いな」
「……気づいてくれないのはちょっと哀しいですよねぇ」
「どうした?」
「いえ、何でもありません。しかし管理長良く気づきましたね」
「女の勘を甘く見るな」
管理長はそう言って意地悪そうに微笑む。
部下はこの美人上司の笑顔には叶わないと思った。
おわり
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