直観信仰会

サイトウ純蒼

直観信仰会

「えー、皆さま、今日も良くお集まり頂きました」


今日は月に一度の【直観信仰会】の会合。

ナオトはこの会に入ってまだ期間の短い新入会員であった。


「では、起立、礼、直観!!」


一同、会長の掛け声と共にキビキビと規則正しく動く。



「えー、では先月の直観報告をお願いします」


会長がそう言うと、一番端の席に座った男が立ち上がって発言した。


「えっと、先日馬を見て直観で買った馬券で1千万円当たりました」


「おお!!」


会場から驚きの歓声が起こる。


「それは素晴らしい。寄付もまたよろしくお願いします。では次」


「はい」


その隣の女が返事をして立ち上がる。


「実は、先日……、家の相を見ていて直観で5度目の引っ越しをしました!!」


「おお!」


またしても沸き起こる歓声。


「素晴らしいですね。【引っ越しは直観】と言いますからね。では次……」



こんな感じで直観信仰会の会員は、毎月会員達が行った【直観の出来事】を報告することになっていた。そしてナオトの番がやって来た。


「ええっと、スーパーに行ってナスとキュウリを迷ったんですが、直観でナスにしました」


「……」


静まり返る会場。

ナオトの額に汗が流れる。


「ええっと、山下君はまだ新しい会員なので仕方がないでしょう。ちなみにそこはキュウリを選ばなくてはなりません。私の直観ですが」


「おお!!」


会場から歓声が起こる。

こんな感じで会は続けられ、そして幕を閉じた。




「元気出しなさいよ、ナオト」


ナオトには付き合って5年になる彼女のレナがいた。近く結婚をしようと思っている。


「そもそもその直観なんとかってアヤシイでしょ。何でそんなのに入っているの?」


「いや……、知り合いに勧められて何となく……」


「だいたいナオトの雰囲気がいいとか言う直観で選んだこのお店も、かなり不味いわよ……」


「う、うん……」


ナオトはテーブルに並べられた不味そうなイタリア料理を見て小さく返事をした。


「とにかく元気出して。私はあなたの味方よ」


いつも元気づけてくれるレナがナオトにはとても有難かった。




翌月、次の会合が開かれた。


「では皆さん、ご報告お願いします」


会長がそう言うと、はいと大きな返事をしてひとりの男が立ち上がった。


「先日会社の運命を左右するような案件を、私のこれまでの経験と直観で判断しました!」


「おお、で結果は?」


「倒産しました!!」


「おお!!!」


会場から沸く歓声。会長が言う。


「その会社はいずれ潰れる運命。次の仕事も自身を信じ直観で選びなさい。では次」



順番が回ってきたナオトは元気なく返事をすると話始めた。


「ええっと、彼女と食事に行ったんですが、直観で選んだイタリア料理が不味くて……大変でした……」


「……」


やはり静まり返る会場。会長が言う。


「ええ、山下君。会合が終わってからちょっと話があるので残ってください」


「あ、はい……」


ナオトは下を向いて返事をした。





「で、何大切な話って?」


デートをしているレナがナオトに聞いた。

今日はちょっと話があるっていう事で無理やり平日の夜に時間を作って貰った。


「いや、その……」


ナオトの後方には直観信仰会の会員二人が監視している。

一向に直観行動が振るわないナオトに会長が先輩会員を補助に付けたのだ。


目的はプロポーズ。

その理由はもちろん直観。

これが今日のナオトに課せられた使命である。



「どうしたの?」


下を向いて話そうとしないナオトにレナが言う。

グラスに浮かぶ氷は既に溶け、周りには水滴がたくさんついている。

ナオトが口を開く。


「ぼ、僕と……、結婚……して下さい……」


レナの表情が明るくなる。


「うん、待ってたよ。その言葉。ちょっと雰囲気ないとこだけど、許したるわ」


ナオトは体が震えるのを感じた。


「で、どうして私を選んだの?」


ナオトは顔を上げてレナの顔を見つめた。

手が、顔が、唇が、ナオトの全てが震える。


「……?」


見つめ返すレナ。

ナオトの背中には先輩会員の視線と圧力が強く圧し掛かっていた。


「ちょ、ちょ……」


額を流れる汗。

ナオトは一度大きく息を吸うと言った。



「ちょうど今日で付き合って5年。僕はレナの優しいとこ、可愛いとこ、いつも僕を心配してくれるとこ、ダメな僕を元気づけてくれるとこ、ご飯を僕より沢山食べるとこ、シワの入った服でも平気で着るとこ、時間にルーズなとこ、真夜中でも普通に電話してくるとこ、子供が好きなとこ、料理が下手なとこ、掃除も洗濯もできないとこ、出会ってからずっと変わらないとこ、レナがレナでいてくれるとこ、そんなレナが……全部好きなんだ!」


少し苦笑いをして聞いていたレナは、目頭を押さえるとナオトに言った。


「うん、ありがと」


ナオトは背中に刺さっていた視線が無くなっていることに気付いた。

振り向いてみたがそこには誰もいなかった。




「会長ですか?」


先輩会員のひとりが携帯を取り出し電話を掛けた。


「ええ、ええ、山下ナオトの件ですが……」


先輩会員は歩きながら言った。


「無事、卒業です」



「ええ、はい。そうですね。良かったと思います」


先輩会員はそう言うと静かに携帯を切った。

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