第42話 天井の上に何かある
「雨のせいで換気をできないことが、臭いの籠る原因ですね」
大地が千春の後ろに隠れつつも、先を歩く田辺へとそんな質問をする。現場にびくびくしているものの、冷静な判断は失っていないのだ。
「ええ。しかし雨のおかげで獣が出ないのは助かりますよ。これだけ臭いを放っているということは、カラスやタヌキなどを引き寄せかねないですからね。先生たちの遺体を荒らされてしまうところです」
田辺は申し訳なさそうに言いつつも、そんなことを口にする。こちらは逆に、冷静なようでそうではないのかもしれない。
「まあ、雨が降っていなければ崖崩れも起こっていないわけで、そんな心配はしなくてよかったんでしょうけど」
千春は雨が降っていなければもっと楽だったと溜め息だ。もし雨が降っていなかったらと仮定するならば、すぐに警察が来ていたというのが答えのはずだ。だから、そんな杞憂さえなかった。
「それもそうですね。あまりに異常事態で警察の存在を忘れていました」
「ははっ。この探索を提案してきたのは、一応刑事ですけどね」
大地があっけらかんと笑うので、つい千春もそう軽口で応じてしまう。これが安心感の要因だと本人は無自覚なのだ。
「ここですね」
全員で台所に入り、そして勝手口近くの物置きを覗き込む。そこには傘立て以外にも、段ボール箱がいくつも積まれたり掃除機が置かれていたりと、雑多な空間だった。さすまたや大きな網があるのは動物の対処に使うためか。台所の近くにあるものの、料理関係のものだけではなかった。
「ここの電気は?」
「ああ、そこに」
それよりも今は天井の確認だ。しかし台所からの灯りだけは薄暗く、天井がよく見えない。石田が手早く台所にあるスイッチを押してくれた。が、電気は点かない。
「あれ?」
「電球が切れているのかな。普段からあまり電気を点けることがないので、確認していなかったんです」
石田が何度かスイッチを入り切りさせても点かなかった。そこで、普段から使わないせいで、フィラメントが切れているのに気づかなかったのかもしれないと思い当たる。まだLEDにすら変えていないほど、ここの電気は使う頻度が低い。
「まあ、そうですね。下の物を取るだけならば、台所の灯りだけで充分ですね」
千春は納得すると、スマホを取り出してライトを点けた。光源としては小さいが、十分に天井を確認できる。
「ん?」
そこで不自然な天井の染みを見つけた。雨漏れの跡のようだ。しかし床は濡れた様子がない。ということは、今降っている雨が原因ではないのか。
「どうしました?」
千春が首を傾げるので、友也も覗き込む。そして水の跡を見つけて納得という顔をした。そして同じように床を確認する。
「昨日今日付いたものではないということでしょうか」
「そうですね。触れてみないと何も言えませんが。ここに脚立もあるのかな」
雑多な空間に目を戻すと、小さな脚立も置かれていた。これに乗れば触れるくらいは出来るだろうか。
「ちょっとやってみます」
「気を付けてください」
千春はその脚立を雨漏りの跡まで持って来ると、よいしょと立ち上がる。こういう時、身長が高いのは便利だ。
「おや、ちょっと湿っていますね。つい最近濡れたみたいだ。でも、ほぼ乾いてしまっている。もし雨漏りだとすれば、まだびちょびちょでもおかしくないんですけど」
「なるほど。代わってもらっても」
「ええ」
脚立を押さえていた友也が、自分も確認したいと千春と交代した。そして指で触れ、ついでに掌を押さえつける。
「そうですね。板の状態も悪くなっていませんから、酷く濡れているわけではないようです。まるで下から水を引っ掛けたような、そんな濡れ方ですね」
「引っ掛けた。最近、この付近で水を使いましたか」
千春はすぐに田辺と石田に確認を取る。
「引っ掛けたとすれば、傘を出し入れした時くらいだと思いますよ。動物のこともあって、外に置いておかないようにしているんで、雨の日も水気を切って入れますから。でも」
「あれほどは濡れないと」
「ええ」
いくら何でもここで水気を切るわけではないからと、石田は困惑気味にその跡を見る。天井の確認などしたことはないが、あれほど濡れるようなことをやった覚えはない。
「俺たちが傘を借りて戻した時も、水気は外で切りましたからね」
「そうですね」
「ううん。で、安達さん。その付近に天井に通じる場所はありませんか」
「ちょっと待ってください」
友也はそのまま天井に掌を這わせていく。するとガコンという音がした。そして天井板の一部が僅かにずれる。が、そこから動かない。
「おかしいですね。おそらくここだと思うんですけど、これ以上動かないんです」
友也は一度脚立から降りると位置をずらし、僅かにずれた部分を真下から力を掛けて押す。しかし、ほんの少し動いた状態で止まったままだった。
「椎名さん、やってみてください」
駄目だと、友也は千春にバトンタッチする。しかし千春は友也ほど力がない。だが、気になるので一応脚立の上に立ってそこを押してみた。
「ここも、ロックが掛かっているみたいになってますね。重く感じます」
「ですね」
「ちょっといいか」
納得する千春と友也に、我慢できないと忠文も脚立に乗ってそこを押した。この中で最も力のありそうな忠文だったが、彼がやっても板は僅かにしか動かなかった。ガコンという音はするものの、それ以上は動かない。
「本当だ。上から重石が載っているかのようです」
忠文は諦めて脚立を下りた。そして大地にもやってみるかと問うも固辞された。
「無理でしょう。普段からパソコンしか触らないんで力はないですし」
大地は意外なほど好奇心に任せて動かないタイプだった。三人やって無理だったのならば、検証するまでもないと笑う。
「まあね。で、どうする。ここから上を確認することは無理みたいだな」
忠文も強要するつもりはないと、あっさりと別の場所を探そうと切り替えた。互いにほどよく距離感を保ったまま、それでも協力していくよりない。
「しかし、ここ以外となると候補になりそうな場所は」
「意外にも客間じゃないですか。あそこも使用頻度は高くないですよね」
困った顔をする田辺に大地が訊く。
「ええ、まあ。使用頻度という見方をすれば、この物置きよりも使わないでしょう。しかし、お客様をお招きするところですから」
「まあ、議論しても始まりません。行ってみましょう」
田辺はないだろうという意見のようだったが、友也がそう言ったことにより全員で来た道を戻る。そして、桃花が休んでいる部屋は後回しにし、まず大地と忠文が使っている部屋へと入った。
「こちらの部屋も似たような造りですね」
友也が中に入ってそう言ったように、部屋は概ね千春たちの部屋と同じだった。ベッドが二つに窓辺にはソファセット。ベッドは二人の性格を表すかのように、一方は乱れて一方はきっちりと整えられていた。
「別に俺が整えなかったわけじゃないですよ。遠藤先生の死体を隠すのにシーツを剥ぎ取ったからです」
大地は乱れている理由に関して顔を膨らませて主張した。そうだったと、全員が大地の性格のせいだと考えていたので苦笑してしまう。
「ベッドに登って確認しますか」
「そうですね」
「じゃあ、俺の方を使ってください。すでに乱れているんで」
ここでも、まずは身長の高い千春と友也が先に確認をすることになった。効率の良さを考えてのことだ。二人でベッドに乗り背中合わせで確認を始める。
「ん」
すると、千春の手が先ほどと同じ感触に行き当たる。押してみるとガコンという音がした。が、ここも同じように重く開かない。
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