第37話 ババ抜き大会
「いやいや。今時珍しいなと思って。となると先生は麻雀もやらないんですか?」
「そうですね。やらないです。何が楽しいのか解らないですね」
「人工知能の心を研究しているのに、そういう遊びは全くなんですか。面白いですね」
「いえ。単にそういう遊びをする友達がいなかっただけですよ」
どこまでも揶揄われそうで、千春はそう白状しておいた。どの遊びにもそれなりに人数が必要なはずだ。ところが、理系どっぷりだった千春には、そういう遊びに誘ってもらった試しがない。ある時は数学にどっぷり、またある時はコンピュータにどっぷりという学生生活だった。
「それにトランプは確率問題と絡めてしまうことが多いですからね」
「ああ。まさに典型的な研究者って感じですね。俺と違って真面目な学生だったんだろうな。何でも研究としてどうなるか、その点ばかりに目が行っちゃうんだ。でも、そのくらいでないと准教授にはなれませんよね」
すでにワインを飲み始めた友也が、にやりと笑う。真面目だったかは解らないが研究には必要な要素だろう。言うなれば集中力のようなものだ。
「なるほどね。そう置き換えることも出来ますか」
千春は自分を納得させる意味でも、そう頷いておくことにした。
「でも、子どもの頃はやったでしょ。トランプ」
「ええ、まあ。親戚とならばやりましたね。ババ抜きや神経衰弱レベルですけど」
「じゃあ、ゲームは椎名さんも知っているババ抜きあたりで手を打ちますか」
忠文がカードの中からジョーカーを探し始める。
「あっ、それ賛成。最近テレビでやってますよね。芸能人が色々なルールを付け足して、真剣勝負しているんです。それを考えると意外と大人でも楽しめるはずですよ」
言い出しっぺの大地が賛成したことで、ババ抜きと決定してしまった。しかも田辺と石田も巻き込まれることになる。
「私どもは」
「いいじゃないですか。もう客とか関係ないですよ。気楽にいきましょう」
遠慮しようとした田辺の前に、忠文がそう言ってカードを置く。ちょっと酔っているらしい。
「そ、そうですか」
「そうそう。それに人数が多くないと、すぐに誰がババを持っているか、解っちゃいますよ。面白くならないですから」
大地がやったねと手を叩いたことで、田辺も仕方ないかとカードを手に持った。こうして深夜と酒も手伝って、ハイテンションの中でババ抜きがスタートする。しかもこれが意外と面白かった。
「さすが緒方さん。隠すのが上手いですね」
ババを引かされた友也がそんな声を上げる。忠文は見事なポーカーフェイスで、しかもババへと誘導するのが上手かった。
「これでも百戦錬磨ですから。裁判中、顔色を変えるわけにはいきませんからね」
「ですよね。これは強敵だ。さあ、どうぞ」
「いや。ババがあるって解った状態で引けと」
振られた千春は、どれだと真剣にカードを見つめる。そして友也の顔を見ると、にやりと笑われた。こいつも意外と読めないんだよなと、千春はぐぐっと腕を組む。しかもそこにババがあると知らせてくるほどだ。戦略家でもある。
「長考ですか」
「それは無駄ってものでしょう」
考えようとすると、横から忠文と大地が茶々を入れて来る。たしかにそうなのだが、千春としては絶体絶命の状況だ。なぜなら友也の手元にあるカードは残り二枚。一方、自分の手元にはまだ四枚。何とかババは回避したい。
「気真面目すぎですよ。適当にどうぞ」
友也はにやにやと笑って挑発してくる。千春はええいっと適当に引いてみた。当然のようにババを引く。
「やったね。これで上りは確定的ですね」
「くそっ」
見事に友也に嵌められた千春は、さらに増えた手元のカードを苦々しく見る。小さい頃からこの手のゲームは苦手なのだ。それが誘われなかった要因であり、自分から輪に入らなかった要因でもある。つまり、親戚との苦い経験が千春をトランプゲームから遠ざけていたのだ。人前では完璧であろうとする性格が災いしたともいえる。
しかし同じく大地が苦手なおかげで、千春は見事にババを大地に押し付ける。そして最後に残ったのもこの二人だった。お互いにババを押し付け合うことが続く。
「意外ですよね。こう、椎名さんってもっとクールなのかと思ってたのに」
「それとこれ、関係ありますか」
「自分の手の内なんて読ませそうにない、って意味ですよ」
千春の手元を見ながら余計なことを言う友也に、思わず噛みついてしまう。が、それってどういう意味だとツッコミを入れると、より墓穴を掘りそうな方向へと進みそうで黙った。
「ほらほら、その顔。その顔をキープで。基本はポーカーフェイスですよ」
「いや、余計なことを言わないでください」
こんな感じで千春は友也にいい様に揶揄われてしまう。その間に大地がカードを引き、ゲーム終了となった。
「やった。上がった」
「うそ」
自分の手元に残ったババを、千春は呆然と眺めた。ここまで負けると、どれだけ才能がないんだと嘆きたくなる。ここまで五回勝負をして四回負けている。
「いやあ椎名さん、面白過ぎですよ。研究だけ聞いていると、どれだけ屁理屈な人なんだろうって想像していたのに」
「何気に酷いね、君」
あっけらかんと言ってくれる大地に、千春は溜め息とともにカードをテーブルに置いた。そしてスマホで時間を確認する。なんと二時間も経っていた。
「もう二時ですよ。熱中してましたね」
「楽しかったからですよ」
千春の驚きに、大地はこんなに楽しくトランプをしたのは久しぶりだったと満足そうだ。完全に殺人事件のことが頭から抜け落ちている。
「いやあ、久々に熱くなったな。田辺さんも何気に上手いですよね」
「そ、そうですか」
忠文に褒められて、田辺は意外そうだった。殺人に関して疑っていることを知っているからだろう。
「それを言うならば石田さんもですよ。まったく、二人が先に上がっちゃうんだから」
大地がコーラを飲みながら不満を漏らす。せっかく人数を増やしたというのに、先に二人が抜けるのが定番となっていたのだ。そして大地と千春が残る。こちらもまた毎回のことだった。
「まあまあ。年の功ってやつですかね」
石田はそこでよいしょっとと立ち上がる。
「どちらに」
「トイレですよ」
さすがに長時間となり、トイレの我慢ができないと石田が苦笑して出て行った。たしかに、よくこれだけ長い時間集中していたものだ。それぞれに酒を飲んだりジュースを飲んだりしているというのに、トイレを忘れるほど熱中していたことになる。
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