第21話 何がどうなっているのか?

「薬を飲まされたんでしょうか?」

「その可能性も出てきますね。初めはあの現場を見て動転し、あそこで気を失ったのかと思っていましたが」

 田辺の心配そうな問いに、それはあるかもしれないと千春は頷いた。しかしそうなると、この場に医療従事者がいないことが悔やまれる。本当に美紅はどこに行ってしまったのか。

「彼女が犯人という可能性もありますしね。そういう薬物が使われたのだとすれば、持っているのは彼女しかいないでしょう」

「しかしそれだと、あの奇妙な死体はどうなんですか。女性一人の力で、首を捻じ曲げることが出来ますかね」

 友也の意見に、疑問を投げかけたのは大地だ。さすがはミステリー作家。矛盾点がすぐに見えるらしい。

「そうですね。一人では無理か。岡林さんが手伝ったとしても、難しそうですね。彼女は小柄だ。力もそれほどないでしょう。画家の卵ですしね」

 なるほど、そうなるとますますと、友也は困ったような楽しんでいるような顔をした。この中に犯人がおり、あの建物は大きな密室だったということになる。

「そう。密室もまた大きな謎ですね。しかもドアには不思議な仕掛けがある。凶器は不明」

 友也の言葉に、千春は頭が痛くなっていた。しかし、ドアの仕掛けはちゃんと確認しておくべきだ。

「今、丁度よく閉まっているんですよね。じゃあ、どういう具合なのか確認してもいいですか」

「ええ」

 千春の提案に、どうぞと田辺は頷いた。拒否する理由はないし、何より明日以降の予定が解らないのだ。解明してもらいたい。

「じゃあ、俺も」

「全員で動くのが一番でしょう」

 友也が立ち上がったところで、忠文が全員揃って行こうと提案した。そこで田辺を先頭にぞろぞろとドアの確認に向かう。

 雨はますます激しくなっているようで、外は昼間だというのに暗かった。廊下は電気が灯り、夜のようだ。窓の外へと目を向けると見通しが利かない。

「心配ですね」

 千春が外を見ているのに気づき、忠文が不安そうに言った。彼は昨日の段階から何かあるのではと疑っていたのだ。千春以上に心配だろう。しかし、全員が揃っているところでどうして疑っていたのかとは訊ねられない。千春は頷くだけにしておいた。

 渡り廊下の手前にあるドアに付くと、当然のようにドアは閉まっている。田辺が押してみると、ぴったりと閉まっていて動く様子もない。

「ちょっといいですか」

 友也が代わりってドアを押すが動かなかった。体重を掛けて再度挑戦するも、ぴくりとも動かない。

「これは凄い。本当にロックが掛かってますね」

 そんな感想に、千春はここもまた密室になり得るのだなと、そう考えていた。




「崖崩れだと。本当にバタフライ効果が発揮されているのか」

「はっ。バタフライがどうしたって」

 出動が延期になった将平が研究室に現れたのは、夕方の四時だった。雨風はさらに激しく、将平は駐車場から研究室に着く間にびしょ濡れになったと喚いた。そこで翔馬は、いつからそこにあるのか解らないコーヒーメーカーの横にあったタオルを差し出す。その間、英士が相手をしていて、先ほどの言葉を叫んだのだ。

「これ、なんか臭いぞ」

「我慢してください。ここに綺麗なタオルなんて気の利いたもの、存在しないんです」

「けっ」

 要するにこれは雑巾かと、将平は嫌そうな顔をしつつも、それで濡れた短い髪を拭いたのだから、がさつなのだ。

「それにしても、山の反対側が先に雨が降り出したことで崖が崩れたのか。普通はあり得ない話だな。となると、もともと土地に水分が多いんだろうな」

「そうだろうな。どうやらあの辺りは、地下水が多いことで有名らしい。その地下水は、富士山の付近にまで繋がっているらしい。だからあそこで採水は出来ないものの、水自体は多いんだ」

「なるほど。それが今回の雨をきっかけに地下に染み込み切れず、崖を押したか」

 困ったものだなと瑛士は苦笑するが、冗談では済まされない状況になってきた。殺人事件が起こった現場が孤立無援。しかも犯人は誰か特定できていないらしい。

「ああ。それについて情報を拾ってきたぞ。警察が行けないことを伝えた際に、現場はどういう状況か軽く質問したんだ」

 将平は手帳を開くと、読み上げ始めた。それにより翔馬たちも、現場が密室であること、そしてアトリエが真っ赤に染まっていたこと、さらに死体が奇妙に捻じ曲がっていたことを知った。

「猟奇殺人、ってわけではなさそうだな。密室ってことは何か意図があったってことだろ」

「ああ。警察もそう考えている。これが死体だけだったら、猟奇殺人を疑ってもいいところだけどな。わざわざ密室のような状態にしていることから、何らかの目的でなかったと考えるのが自然だ。何でもドアが特殊であるらしい。時間で開閉する仕掛けになっていて、鍵は存在しないそうだ」

「ほう。これまた手の込んだ」

 英士はそんなのありかと肩を竦めてしまう。つまり何らかのトリックが存在するということだ。

「こっちとしても、前例のない事件だ。それなのに現場に行けないなんて」

 どんっと将平は目の前のテーブルを叩く。そして思い出したように、千春から連絡はと訊いた。

「一切ないです」

「あのろくでなしめ。電話してやる」

 翔馬と違い、将平の行動は迅速だった。すぐにスマホを取り出すと電話する。しかし、電話が掛かったと思ったらすぐに切れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る