第7話 変わった建物

「ありません。いい天気ですね」

「ええ。今日は良く晴れています。明日はちょっと曇るそうですが、今日一日は天気の心配はございません。明日から低気圧が通過するようですので、雨も降るかもしれませんね」

「へえ。じゃあ、散歩するならば今日ですね」

「そうですね。この近くにこれといって見るものはありませんが、森林浴には最適かと思います」

 そんな話題を、もちろん千春ではなく友也がしていた。千春はぼんやりとベッドから外を見ているだけで充分というタイプで、散歩するつもりはない。

「なるほど。いい気分転換になりそうです」

 そこで友也は、どうですかという感じで千春を見てくる。これは困ったものだ。千春としては、パーティーまでの間部屋でのんびりと過ごしたかった。出来るならば論文でも読んでいたい。

「そ、そうですね」

 しかし取り繕う性格をしていて嫌だと言えるはずもなく、適当に相槌を打つしかない。そこには外ではちゃんと准教授らしく、それを心掛けてのことだ。ただでさえ大人らしい振る舞いを忘れがちなため、そう自戒しておくことが必要だった。

「では、コーヒーを頂いて、外に出てみましょう。一時間ほどは散歩できますね」

「え、ええ」

 こうして、千春は嫌々ながら外に出ることとなるのだった。




「やはり変わってますね。この建物」

 そんな嫌々な外出だったが、友也との散歩はそれほど苦ではなかった。ゆったりとした歩調で建物の周囲を歩く。それだけであり、友也は無駄に話し掛けてくることもなかった。森林浴を楽しんでいるのか、建物に関して考察しているのか。同じ工学系だからと、そんな推察をしてしまう。そして、それは当たらずとも遠からずという感じだ。

 つまり、一緒にいても苦にならないタイプだと、この予想外の散歩のおかげで判明した。だから千春も、ほっとしたところで建物に関して話題を振った。

「ええ。まるで学校の校舎のようですよね。渡り廊下で独立した、似たような建物が繋がっている。目的別に建てているというのも、どこか学校を彷彿とさせます。しかし、学校と違って普通の家がくっ付いているのが面白い。でも、実はこういう同じような建物を二つ建てるというのは、見たことがあるんです」

「ほう。他にもあるんですか」

「ええ。戦時統制化、つまり太平洋戦争中に建てられた建物ですけど、これと似たようなものがあります。作家の林芙美子邸がまさにそれですね。住宅の規模が百平方メートルに制限されていたため、名義の違う形でこう、二つの建物を建てるわけです。すると、個人宅として二つという形になりますから、制限を超えていないとなるわけですね。同じ敷地に建っていても独立した家だから制限に引っ掛からないというわけです」

「へえ。何だか法律の穴を突いたような話ですね」

 さすがは建築家と、友也の説明に千春は頷いた。なるほど、そうなると独立していることが重要となるわけだ。

「ただ、この建物はそれほど古そうではないですし、戦時下に建ったものではないでしょう。真似たのかな。たしか、林芙美子の夫が画家で、もう一つの建物はアトリエとして使っていたはずです。しかし、安西先生が他の人を真似するってのは意外な気もしますね。独創的な絵を描かれ、我が道を行くというスタイルの方だと思っていたので」

「参考にしたってことじゃないですか。建築は門外漢だから、手近なところを参考にした」

「まあ、その可能性もありますね。この建物を手掛けた建築家が参考にしたのかもしれない」

 いくら画家で大家でも、建築までこなせるかというと別だ。おそらく誰かに依頼することだろう。しかし、友也は頷きつつも、何だか変だなと首を傾げていた。

「他の理由があると」

「解りません。でも、どうして渡り廊下なのかなって、それが疑問です。だってほら、あの廊下、ほぼ外という扱いですよね。屋根こそ設置されているものの、両側は手摺さえ付けられていない。日本家屋で渡り廊下となると、お寺のように両側に欄干を付けてもよさそうなものですけど。それに、完全に分断する必要はないはずなのに。先ほども話題になりましたけど、先生は独身です。お弟子さんがいるとはいえ、家族はいないんですよ。身の回りを世話する人たちだって、廊下で分断されていない方がやりやすいでしょうに」

 たしかにと、千春は頷いた。いくら仕事に集中したいとはいえ、そもそもここは都会の喧騒から離れた山の中だ。一体どうして二つの建物に分けたのだろう。

 それと同時に、気になるのはアトリエ側の建物にだけある奇妙な石だった。あれは何だろうか。意味があるのだろうか。点々といくつかは位置されているのだが、規則性はない。しかも枯山水のような庭にあるわけではない。むしろ、石の周りは草が生い茂っている。何だろうか。千春は思わずじっとそちらを見てしまう。不可思議に傾いているのが、どうにも気になってしまう。

「ああ。そろそろ戻って着替えないと駄目ですね。いくら出席者が四人だけとはいえ、埃っぽいままでは駄目でしょう。一応はパーティーですからね」

「え、ええ」

 時計を見て笑う友也に、千春はちゃんとスーツを持って来ておいて良かったとほっとする。学会の時用にいつも用意してあるものを持って来たが、まあ、何とかなるだろう。こうしてようやく、主催者である安西青龍に会える時間となったのだった。

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