第6話 二泊三日なんて大丈夫か

「ええ。心の問題はいずれ人工知能が普及するにあたり、避けては通れない問題です。心とは何か。共感能力ともいえるこれを、機械的に解明することを目的としています。こうやって人間が適切な会話を出来るのも、心という動きがあるからですし」

 千春はそう説明していることにしている。他にも複雑な、それこそ嫌がらせの原因となることもあるが、自らそれをこの場で披露するほど馬鹿ではない。

「となると、有名な猫型ロボットみたいなもんですか」

 そこに興味津々の大地がそう訊いてくる。さすが小説家。SFのような内容を想像しているらしい。

 それにしても、人工知能というとあのロボットという発想はどういうことだろうか。たしかに視点は悪くないが、あのロボットと同じと考えられると話が複雑になってしまう。

「ううん。あそこまで出来るかどうかは現時点で難しいといえますね。あのロボットを科学的に考えると、今の技術では到底不可能なものがいくつも含まれています。僕の研究はまだまだコンピュータの中での話でしかないですしね。心を数式化できないことには、ロボットに搭載することも無理ですから、猫型ロボットは夢のまた夢ですね」

「ああ、それそれ。心が数式に出来るっていう変態的なやつだ」

「だから違います」

 数式化がどうしてイコールで変態になるのか。千春には理解できない。

 ああ、これが世間との乖離というやつかと、嫌がらせを思い出してげんなりする。世間で考えられている人工知能とは、これほどまでに自分の認識とかけ離れているのかと痛感させられる。

「皆さま、お待たせしました。お揃いになられましたのでお部屋にご案内いたします」

 そこに田辺が登場し、ようやく他人と一緒にいる空間から解放されるとほっとした千春だ。だが、その考えはすぐに甘かったと知ることになる。

「なお、お部屋数の関係上、二人一部屋となりますのでご了承ください。椎名様は安達様と、緒方様は今村様と一緒となります」

「ええっ。俺は椎名先生と一緒がいいんだけど」

 そう抗議したのは、もちろん大地だ。変態的と表現する話題の人工知能について、この機会にあれこれ聞き出したい。そういう腹積もりだったらしい。

「申し訳ございません。お部屋については旦那様の指示でございますので、私個人では変更できかねます」

「そうですか。まあいいか。これから三日間、一緒ですからね。部屋が一緒じゃなくても話は出来るか」

 意外にも大地はあっさりと引き下がった。が、千春はその事実を思い出し、より気が滅入って来た。

 そう、ここには二泊三日することになっている。長丁場のパーティーなのだ。さらに部屋は友也と一緒。気が休まらない。日頃から研究室でもあまり会話をしない千春にとって、いつ話を振られるか解らない状況というのは、ストレス以外の何物でもなかった。

「部屋割りは理系と文系で分けたってことですかな。先生らしい気遣いだ」

 忠文は、たぶん大地と同室が嫌だろうに、そんなことを言う。これぞ大人の対応だ。千春が大地と同室だったら、その場で帰るという判断をしていそうだった。

「これから三日間、よろしく」

 そして友也は、そう言って千春に握手を求めた。何かと握手をする人だなと、千春はそれに応えながら複雑さが増す。

「玄関を挟み、右手側が椎名様と安達様のお部屋、左手側が緒方様と今村様のお部屋になります。部屋の鍵はこちらになります」

 そう言って、田辺は四人それぞれに鍵を渡す。ちゃんと個人個人で管理するようになっているのだ。

「締め出されるってことはないわけだ」

「そんな子どもみたいなこと、やる人はいないでしょ」

 鍵を受け取って笑う大地に、友也はそう返す。会話好きな人だなと、千春はその様子を見て不安になった。よもや一日中話し掛けられるということはないだろうが、出来れば静かに過ごしたい。

「パーティーは五時からとなります。それまでは部屋でごゆるりとお過ごしください。飲み物と軽食を後でお持ちします」

 そう田辺が告げて、その場はお開きとなった。腕時計を確認すると、時間は午後三時。なるほど、おやつの時間だ。

「じゃあ、行こうか」

 友也に促され、千春は玄関の右側のドアを開けた。部屋は十二畳はあるだろうか。その真ん中にベッドが二つ置かれ、窓際には書き物をするための机と椅子、さらにはソファセットが置かれていて、まるでホテルのようだった。

 床は畳ではなくフローリングだ。この家、見た目に反して中は今時の内装が施されている。ドアの高さも千春の身長でも頭を打つことのない、ほどよい高さがある。

「凄いですね」

「ああ。これはゆっくりと過ごせそうだ。椎名先生はどっちのベッドを使いますか」

「あ、じゃあ、窓際で」

「いいですよ。俺はこっちで」

 こうしてあっさりとベッドの割り振りも決まり、千春はカバンを窓側のベッドの脇に置いた。ふと窓の外を見ると、新緑の木々がよく見えた。

 季節は五月半ば。過ごしやすい気候だ。こういう時に山の中にいるのもたまにはいいかと思える、気持ちのいい天気だった。

「お部屋に不都合はございませんか」

 そこにすかさず田辺がやって来て、コーヒーの入ったポッドと小さなケーキがいくつか載った皿を窓際のソファセットのところに置いて行く。

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