直観センチネル
大黒天半太
色は匂えど
ボーイ・ミーツ・ガール
そんなことが現実に起こるなんて、予想もできないからこそ世界は面白いのかもしれない。
僕、
小学校からの友人達が、いつの間にか高校では派手系陽キャラに変貌していて、クラスの中心にいるので、何故かいつも一緒に吊るんでいる謎キャラ認定されている。そうでなければ、目立たない同級生の一人に過ぎなかっただろう。そういう意味では、変な方向に悪目立ちしている、と言えなくもない。
カズマとシン、
イケメンでスポーツ万能。小学校の頃は、三人でリトルリーグをやってたが、中学になると野球よりモテそうという理由で、カズマはバスケ部に、シンはサッカー部にシフトした。
お互い相手と比べられるのが苦手で、中学での女子人気もほぼ互角だったので、同じ部活は避けたのだ。それなのにしょっちゅう一緒にいるので、小さなことですぐ張り合い、口喧嘩や険悪な空気を作る。
割って割って入って、仲裁というかそれ以上にならないよう制するのが、主な僕の仕事だ。
ミオこと
そう思うと、猛獣三匹を御してた小学校時代の僕は、どれだけすごい猛獣遣いだったんだろう。
リンはスポーツ系高身長美人、中学時代女子バスケ部だった関係でカズマのところによく来ている内に四人組が五人組になっていた。
こちらの三人も、ミオとリンは陽キャだが、カオルは二人と比べると僕同様に地味系だ。
そして、リンとカオルとの再会よりも前に、僕はカオルに会っている。
高校の入学式の帰り、部活の勧誘を受けている四人を置いて、一人帰っていると、高校前のバス停のベンチに女子用のコートが置き忘れられていた。学校の事務室か職員室に預けようかと持ち上げた時に、これまで感じたことのないいい匂いがした。
事務室のお姉さんに預かってもらい、バス停に戻ると、同じく新入生らしい女子生徒がバス停にいた。
「コートをここに忘れてたのは、君? 今、事務室に預けて来たから、取りに行ったらいいよ」
急に声をかけられて驚いた彼女が、カオルだった、もちろん名前を知ったのはリンに紹介されてからだが。
カオルが戻って来るまで、次のバスは来なかった。
「あの、ありがとうございます。でも、なぜ私が忘れたってわかったんですか?」
僕は苦笑する。コートからしたいい匂いが、君からも香って来るから。本当の理由を言えば、きっとドン引きされる。
「何か、探してた風だったから。それに、家でファブリーズの緑茶のヤツ使ってるでしょ? コートと君の持ち物から同じ香りがしてたから、そうかなって。あ、わざと嗅いだわけじゃないからね」
「え?」
「僕は1-Bの花井、花井だけに『鼻はいい』んだ」
「1-Aの田代です」
「新入生同士だね、よろしく」
そして、バスが来て僕らは帰った。会話はそれだけだ。カオルがリンの古い友達で、仲間になるとは想像もしていなかった。
「みんなぁ、私の小学校の時の友達、カオルだよ。カオル、こっちがミオでむこうのカッコつけてるのがカズマ、イケメンがシン、ふっつーのがユウだよ」
「あ、『鼻がいい』花井さん?」
そのキーワードに、三人は大爆笑する。
「コート忘れてた田代さんね、よろしく」
カオルの第一声に、僕は苦笑するしかなかった。
僕の嗅覚は異常だと、子供の頃から自覚している。知ってるのは、小さい頃から一緒だったカズマとシンとミオの三人で、隠すようになってからの仲間のリンは、人よりちょっと鼻が利くくらいにしか思っていない。
忘れ物、落とし物はすぐに探し当てたし、今日の弁当のおかずだの学食のメニューとかは一発で当てられた。
小学校の頃から、かなり離れていてもカズマたちが近づいて来るのはわかったし、リンがカズマのところによく来るのはシンと会いたいからだと言うのも最初からわかっていたし、全力で構うよりもカズマの方に構わせる方がカズマが夢中になると小五でミオが気付いたのもすぐわかった、その匂いで。
いや、それを匂いとして脳が感知しているだけで、物理的にも化学的にも、嗅覚ではありえないということも、今は理解できる。
ただ、わかるだけだ。
「タシロは今帰り?」
「花井さんも?」
「ユウでいいよ。ミオとリン、カツラギとマツダもそう呼んでるでしょ?」
カオルはちょっと笑う。
「少し前から聞きたいと思ってたんです。男子はみんな下の名前かその愛称でお互い呼び合ってるし、ミオさんとリンちゃんもそう呼んでますよね。女子もお互い名前か愛称呼びだし、カズマさんとシンさんも女子を下の名前か愛称で呼んでます。私もいきなりカオルって呼ばれるの、慣れて来ましたから」
一拍置いて、カオルが質問の核心に触れる。
「でも、花井さん。ユウさんだけは、女子のこと本人以外に話す時は下の名前だけど、本人に向かっては、下の名前じゃなくて苗字を呼び捨てにしてるの、わざとですか?」
「それ、僕本人に聞いちゃう?」
一呼吸おいて、僕は答える。
「もちろん、わざとだよ。心理的な距離感の微調整かな」
カオルが、言葉の意味を理解しようとして、ちょっとだけ首をかしげる。
「カズマとシンが中学から部活で活躍してて、女子からモテてたって話は聞いたよね? でも、誰とも付き合ってたわけじゃない」
「お二人とも?」
「うん、二人とも。カズマは小学校からミオが好きだし、ミオはそれをわかってて、カズマがいつまでも告白して来ないから、空気読んだりしないで放置して、カズマが焦れてるのを楽しんでる。僕の予想だと、今年のクリスマス前には、カズマから告白せざるをえない状況に、ミオから追い込まれると思ってる。リンはカズマの部活仲間として入って来たけど、シンに近づきたくてしょっちゅう来てたのは、カズマ自身もミオも感づいてた。さすがに、シンも中学卒業前には気づいてたけど、リンの勢いだと下手に隙を見せて告白されちゃうと断れないし、第一意識し始めてからシンもかなりリンのことが気にいってる。むしろ、カズマとミオより先にカップルになっちゃうと、仲間内でどう振舞っていいのかわからないから様子見してる。だから、今年のクリスマス前はカズマの告白で始まって、シンとリンはどっちから言い出すかタイミングの問題だと思うけど、駆け込みの2カップルができると僕は睨んでる」
「それ、なんとなくわかりますけど、名前の呼び方の理由になってませんよ」
「でも、それが理由なんだな」
謎かけするようにカオルの目を見て、また一呼吸おく。この間が好きだ。
「で、夏休みからクリスマスまでの後5ケ月、余計な虫が相手に付かないように壁が要るから、お互いに周りに聞こえるように下の名前で呼び合ってる。カズマはミオだけ、シンはリンだけでもいいんだけど、二人ともああ見えて
僕は、そのまま続ける。
「ミオは小学生から男子三人とも名前呼びだけど、リンが三人とも名前呼びなのは、シンのこと名前で呼びたいし、シンに名前で呼んでほしいから。最初の頃はちょっと頑張って名前呼びしてたよ。でね、カズマとシンは、まだ自分から告白もできてないのに、自分以外が、ミオとリンを名前で呼ぶ時はちょっとだけ妬いてるんだ。笑えるだろ。そして、リンほどあからさまじゃないけど、ミオもカズマから名前呼びされるの好きだし、カズマを呼ぶ時はその他を呼ぶ時とは言葉に込められてる熱量がちょっと違う。僕の鼻が、匂いを嗅ぎ分けてるから、間違いない。だから、中学の途中くらいから、ミオとリンのことは、苗字でカツラギとマツダって呼ぶことに決めた。だから、タシロのことをカオルって呼ばないのも横並びにするため。つまり、タシロが名前呼びは受け入れてるけど、リン以外には敬語抜けないし、さん付けしちゃうのとほぼ同じ理由なんだけどね」
「私のことは、言わなくてもいいんですってば」
改めて、カオルににっこりとわらいかける。
「だから、僕のことも名前で呼んでよ、ユウでもユウさんでもユウくんでもいいから。後5ケ月、僕だけ気づいてないフリで、四人を見守るのは結構しんどいから、タシロも共犯ね。敬語も、できれば早めに外してくれると嬉しい」
「なんか、私だけハードル高くないですか? じゃあ、花井さんも頑張って私を名前呼びしてみてください」
「僕は頑張って名前で呼んでもいいけど、カオルはそれでいいの」
今言ったばかりでいきなり名前呼びで返されて、カオルがちょっと動揺してる。これもちょっと楽しい。
「わかりました。『鼻がいい』ユウさんで」
「なんかフルネームで呼ばれてるみたいで、変な感じだなぁ」
ひとしきり笑ってから、僕とカオルはバス停へ二人で向かった。
バスを降りるまでに、もう一回くらいはカオルと呼んでみよう。
今日はもう一回くらいユウと呼んでくれるだろうか。その時にカオルからあの時のいい匂いがするから。
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