佐都春馬の直勘

nekotatu

直勘

佐都春馬さとはるまは直勘していた。

生まれてから26年間、いつだって直勘で生きてきた佐都は、今もまた、直勘していた。


「須賀煌くん、やっぱり只者じゃなさそうだ」



時は今朝に戻り、佐都の起床から語ろうか。

といっても語るような特殊な事はなく、一般人のごく普通の朝だ。

目が覚めて顔を洗い、朝ごはん(カップヌードル)を食べ、執筆用の机に座る。

佐都は作家であり、現代ファンタジーを中心に、ミステリーや、時には異世界ファンタジー小説を書いている。いわゆるライトノベル作家だ。

佐都の次回作は超能力ものであり、用意した資料は昨日1日で全て読み込んだ。

さて書き始めようかな、と執筆用の机に座ったのだが……。


「うあー、一文字も進まない……」


この間提出した小説では、締め切りに間に合うギリギリまで1文字も書いていなかったために地獄をみた。編集者であり、幼馴染みの栗須純くりすじゅんも鬼と化し、一昨日家まで遊びに行った際にも「少しは編集者の俺のことも気遣ってくれ」と言われてしまった。

その小説は文芸雑誌に「注目の小説家」として取り上げられる際の書き下ろし小説という大事な機会だったため、栗須も相当やきもきしていたのだろう。

今回は文庫での書き下ろしのため少しは心の余裕もあるが、ライトノベル作家はスピードも大事なのでやはり締め切りは間に合わせなければならない。


「でも出てこないものは出てこない~!ピキーンと来ない!」


佐都は机に突っ伏し、すぐにガバリと起き上がった。


「そうだ、外に行こう!純は雑誌とか色々なアレで忙しいだろうけど、今行けば他の面白いものが見つかる気がする!」


具体的な根拠は何も無いが、こういう時の勘がよく当たるのが佐都春馬だ。

佐都はすぐに着替えてスマホとネタ帳とペンだけ持って外に出た。



「うーん、いい曇り空」


急な思い付きで外に出ただけなので考えていなかったが、今日は雨すら降りそうな曇り空だ。


「まあ、雨に打たれながら帰るのもまた一興かもしれないし」


結局佐都は傘を持たず、そのまま歩き出した。

とりあえずの目標地点は……と考えたところで、佐都はひらめいて手をポンと叩いた。


「そうだ!『超能力者がバトルしそうポイント』を探すのはどうだろう!」


さっそく条件から候補地を絞りこんでいく。

今回書く超能力者のバトルには一般人は巻き込まれてはいけないので、人気の無いところがいいだろう。山や海もいいが、もっと暮らしに近い、路地裏や鉄塔周辺とかもいいかもしれない。

あとは廃ビル、廃病院、そして廃工場。


「近くにそういうところあったっけ?お昼ご飯食べながらスマホで調べてみよー」


ちょうどいつも行くハンバーガーショップの前まで来ていたので中に入ると、顔見知りの店員がいた。


「いらっしゃいませー!あ、春っち!今日もいつものやつです?」


「そうそう、魚のとメロンソーダ!みのりんは相変わらず元気だね」


「元気が取り柄のみのりんです!あっスマイルもいりますか?」


「ちょーだいな!」


彼女は原美乃利はらみのり。笑顔が魅力の誰とでも仲良くなれる天才だ。

佐都は常連としてこのハンバーガーショップに何年も通っているが、原がここでバイトをはじめてから客が増えたし、店の雰囲気も明るくなった。

そんな性格から彼女は世間話や噂話、流行に詳しく、佐都にとっていい情報源でもある。

この辺の穴場とかも知っていそうだ。


「みのりん、ここらへんに廃病院とか廃工場とか知らない?鉄塔もたくさんあると嬉しいんだけど」


「んぇっ!……あー、えっと」


普段は元気に答える原がかなり動揺している。

ほほう、これは何かありそうだ。

佐都は期待の目で原を見つめ続ける。

見つめられた原は躊躇ためらいつつ、


「そのー、廃工場、無くはないけど……行かない方が、いや、行っちゃダメ!これ絶対だから!」


佐都が一番欲しかった答えを教えてくれた。

なるほど、廃工場。


「行っちゃダメなの?みのりんが言うなら仕方ないよね」


見るからに怪しい。面白いもの見っけ。

席に座ってバーガーを食べつつスマホで調べた結果、廃工場は徒歩30分位のところにあるらしい。


「ここなら行けそうだ。途中の道も人気少なそうだし、いい資料になるぞ~」


佐都はうんうんと満足げに頷きながら、原に挨拶してハンバーガーショップを後にした。


廃工場までの道のりはやはり人がほとんど通らず、鉄塔も多く立っており、カラスもいい雰囲気を出していた。

道中をスマホで撮影しながら歩いていくと、廃工場が見えてきた。


「これは大きいね。立ち入り禁止ってあるけど……奥まで見たいなぁ。よし、入ろう!」


「こらこらこら、佐都さんそこは立ち入り禁止っすから。帰りましょーね」


いざ乗り越えようとした佐都を引き止めたのは、友人の須賀煌すがこうだった。


「全く、あいつが「人が行っちゃうかも!」何て言うから来てみたら。あんただったとは」


「煌くん、僕の超能力もののためにここはどうか!」


「どうしてもダメっすね。一生のお願いでもダメっすね」


「えー!もう、煌くんのけちー」


「はいはい、一緒に帰りますよ。僕の話でよければ提供するんで」


「諦めるしかないかー」


須賀の力は同じ男でも全く振りほどけそうにないほど強く、もやしの佐都にはどうしようもなさそうだ。

諦めて帰路につく。


「ところでさ、煌くんはどうしてここに?」


「探偵の仕事的に、ここに入られたら困るんで。張ってたんすよ」


「ふーん」


これは嘘かな。直観でわかる。

恐らく嘘なのは「探偵の仕事的に」だろう。

そして何より、須賀から廃工場の機械油の臭いがする。長くいすぎたために染み付いたかのように。


「じゃあまた廃工場に戻るの?」


「はい。だからここまでっすね」


須賀と別れて一人で考える。


「染み付いた油、立ち入り禁止の工場、見張り」


「須賀煌くん、やっぱり只者じゃなさそうだ」

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