恐怖のメッセージ

赤坂 葵

別れ

 俺は逃げている。

 誰からか? それは……。


 俺を追いかけてくる、包丁を持った女からだ。


 俺はあの狂ったような女を知っている。何を隠そう先程まで、俺の彼女であった人物だったからである。



 これは数十分前の出来事。


「ごめん、もう君とは付き合えない」

「なんで? ずっと一緒って約束したじゃん! 愛してるって言ってくれたじゃん!」


 俺が別れを告げると、彼女は取り乱して拒んできた。

 勿論きっとこうなるだろうと分かっていた。しかし、これ以上は耐えられないこともあり、言わなければならない。

 何をされようが、何を言われようが、必ず別れないと。そうしないと、俺が精神的に殺されてしまう。


「確かに言ったけど、もう疲れたんだよ。君と付き合ってると、自分の時間が無くて辛いんだよ」

「……ない」


 彼女は俯いて、小声でぼそりと呟いた。


「なんて言った?」

「許さない」


 彼女は俺の方を睨みつけて言うと、彼女の肩にかかっていたバッグを漁り始めた。

 彼女は何かを見つけたかと思うと、バッグの中から何かを取り出した。

 その正体はなんと……包丁である。


「私と別れるなら殺してやる」

「お、落ち着いて……」

「ずっと一緒にいようよ。一緒に死ねば、私たちずっと一緒にいられるよ?」

「やめろ、来るな!」


 殺意を感じた俺は、彼女から逃げようと走り始めた。



 そして十分、俺は走らされている。勿論自分のために。

 きっと捕まったら殺されてしまう。あんな狂った女に殺されるくらいなら、自ら死んだ方がマシなくらいだ。


 ただ俺はまだ死にたくない。可愛い女の子と付き合いたいし、イチャイチャしたいし、デートしたい。

約束の十分前に集合場所に来て、後に来た女の子がよく言う「ごめん待った?」に対して、「待ってないよ」と言いたい。


 やり残したことがあるのに、このまま死んでたまるか。


 女を振り切ろうと、俺は先程よりも走る速度を上げた。


「ねえ、待ってよ〜」


 走る速度を上げたはずなのに、女の声がはっきりと聞こえた。

 聞こえ方からするに、数メートル後ろにいる。


 走る速度を上げたはずなのに、何故こんなに近くにいるんだろう。俺は走りながら、とても気になってしまった。


「なんで走るのー? 待ってよ!」


 彼女の声が再び聞こえたとき、俺は気付いてしまった。


 もしかしたら、あの女はまだ全力を出てないのかもしれない。

 ということは、急に全力で走られたら……。


 恐怖感が増し、俺は更に走る速度を上げる。殆ど全力……いや、全力で走っている。


 時間が経つにつれ足が疲れ、息も乱れる。

 しかし、ここで捕まって死ぬよりはいい。そう思いつつ走り続けていた。


 すると数十回ほど十字路を左右に曲がった辺りから、女の声が聞こえなくなった。


 もしかしたら、もう後ろにいないのかもしれない。諦めて帰ったに違いない。

 そう思った俺は、速度を少し落として背後を確認する。


 するとやはり、あの女の姿はなかった。

 俺は足を止め、安堵の息を漏らす。


 これで彼女からの束縛から開放される。

 彼女と関わらなくて済む。


 俺は安心しスマホを確認する。

 しかし次の瞬間、そこには異様な画面が表示された。


 俺は再び恐怖に襲われ、息が荒くなる。

 彼女からのメッセージが一件来ていていた。それだけなのに。


 開かない方がきっといい。自分自身が一番わかっていたことだ。

 しかし気になってしまい、そのメッセージを押してしまった。


 メッセージが開くと、今まで彼女と交わした数々の会話が表示された。

 そしてその次に、新しいメッセージも表示されていた。


『私たちはずっと一緒だよ♡』


 付き合っていれば、さほど気にならない内容だ。しかし先程の出来事があったこともあり、恐怖を感じてしまった。


 どうしよう。逃げないと。

 そう俺が思った瞬間、腹部が痛くなる。まるで何かに刺されたような痛みだ。


 そして次の瞬間、目の前が真っ暗になり、俺は地面に倒れ込んでしまった。


「これでずっと一緒にいられるね」


 俺が気を失う寸前に、女の声が聞こえた気がした。

 きっとこれは夢だ。そう信じたい。

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恐怖のメッセージ 赤坂 葵 @akasaka_aoi

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