多分君は、俺が好き

富升針清

第1話

 多分、マネージャーの橋本は俺の事が好きだ。

 本人に直接言われた訳じゃない。

 けど、見てれば分かる。

 俺はとてもモテない。びっくりするほどモテない。

 小学校の頃、足が早い奴はモテると言い出した奴を火炙りの刑に処したいぐらい、十六年の人生で一度もモテた事がない。

 幼稚園から人より足は早かった。小学校から必ずアンカー。現在は陸上部エース。それでも、モテない。

 彼女は今もいない。

 けど、分かる。


「細谷くん、頑張って」


 ゴールで手を振る応援。

 俺に向ける声。

 俺に微笑む笑顔。

 他の奴にはしてない。

 これは、絶対、俺の事が好きな証拠っ!


「わぁ。細谷くん、凄いよ。また、タイム上がってるっ!」


 俺の時だけ、ストップウォッチを丁寧に綺麗な指を押している気がする。


「マジで?」

「うんっ! 本当凄いよ!」


 俺の好きな匂いがする。めっちゃ意識してる。最近、俺の為にシャンプー変えたってわかる。

 俺と喋る距離が誰よりも近い。

 俺だけっ。俺だけだから。

 だから、もう、何か、分かるじゃん?

 あ、こいつ、俺の事好きなんだなって。

 橋本は可愛いか可愛くないかで言えば、可愛い方だと思う。

 滅茶苦茶可愛いってわけでもないけど。クラスで三番目ぐらいには可愛いと思う。

 誰とでも話すし、明るい。

 同じクラスじゃないけど、移動の時に見かける橋本の周りにはいつも沢山人がいる。

 だけど、部活で一番仲良いのは俺だと思う。

 いや、仲良いかは微妙かも。

 俺、別にだし。

 けど、まぁ、ありと言えばあり。

 俺の事、好きなら付き合ってもいいし。


「あ、先生呼んでる。新部長、ストップウォッチ、よろです」


 ストップウォッチを渡す手が熱いんだよな。


「はぁ? 俺がやんの?」

「私が戻ってくるまでねー!」

 

 橋本はそう言って、走っていく。

 でかいおっぱいを揺らしながら。

 うん。おっぱいは五億点満点なんだよな。




 橋本は俺の事が好き。

 俺は橋本の事が嫌いじゃない。

 つまり、俺たち二人は世間で言う両想いである。

 が、この状態が続いて半年。

 橋本はその事にまったく気付く様子がない。

 橋本は頭は良い方だと思うが、どうやらこう言う事には鈍感らしい。

 ちょっと抜けてるんだよなー。橋本は。

 俺がこうやってアピールしてるのに、マジで何も気付かねぇもん。

 気付いてるのは、俺だけなんだよな。

 はぁ。

 橋本が告白すれば、すぐに付き合ってやるのに……。

 いっそ、俺から?

 いや、ない。

 無理だって。

 だって、タイミングわからんし。

 向こうからはいいよ? 俺にタイミングはいらんし。

 けどさぁ、向こうはあるじゃん?

 あるでしょ。俺には無いけど。

 男だし。

 だからさ、向こうから、いや。橋本から告白してくれんのずっと待ってるわけだけどさ。

 橋本は俺と両思いって気付いてないから告白なんてしてこないじゃん。

 結構、詰んでる。

 もう此処はさ、俺が勇気出してガツンと告白したらいい気になるじゃん? なるじゃん。

 けど、隣のクラスの増田の話聞いら、出来んくない?

 増田、吉田に振られたらしいじゃん。二人仲良くで、付き合ってんの? って思われてて、増田がみんなの前で吉田に告って振られたやつ。

 そんなん聞いたら無理ゲーじゃん。

 いや、俺じゃなくてもビビるって。

 俺、ビビってねぇーけど。

 増田、学校一週間ぐらい休んだからね? それで。

 そんなん聞くとさ、出来ないじゃん? 余計、出来ないじゃん? 俺からの告白。

 せめて、さ。

 せめて、橋本の心がわかったらさ。

 あ、このタイミングだっ! ってのが分かったらさー。

 告白出来んのになぁ。

 誰かか教えてくれたらなぁ。

 あのオッサンとか。

 部活帰りに寄ったコンビニの前でジュースを飲みながら行き交う適当なおっさんを指差してみる。

 ま、それはそれでキモいけど。

 あー。人の心、読めたらなぁ。最高なのになぁ。

 そんなくだらない事を思っていると、指差したおっさんが俺に向かって走って来た。

 え!? 何!?


「君っ! 人の心が読みたいのか!?」

「へ?」


 凄い勢いでサラリーマンのどこにでもいる天辺禿げた眼鏡のおっさんが俺の手を握りながら唾を飛ばす。

 マジで汚ねぇっ!


「汚くてごめんねっ!? でも、本当に君は心の声が聞きたいのかっ!?」


 あれ? 何で、おっさん知ってんの!?


「私は、君の心の声が聞こえちゃうんだよっ!」

「え!? マジで!? 何で?」


 胡散臭いし、口臭いな。


「口臭いのはごめんねっ! けどね、此れを持っていると、自分の事を何と思っているか分かっちゃうんだっ!! 自分の事だけだけどねっ! これ、君にあげるよっ!」

 

 そう言って、おっさんは俺に変な石みたいのを握らせた。

 え? 何これ。


「良かった! 君みたいな子を探してたんだよっ! 是非、使ってみてくれ! 持ってるだけで、効果はあるからね! じゃ!」


 そういうと、おっさんはマッハで走っていく。

 えー。

 何これ、やばげ? 俺は石を見つめながら立ち尽していた。

 すると、どうたろか。


『えー? おじさんに絡んでたのやばく無い?』

『かつあげ? 警察呼んだ方がいいのかな?』

『おっさん、逃げたよね? 大丈夫だったんかな?』


 え?

 勝手に声が……、頭の中に?

 マジで?

 本当に? あのおっさんが言うと通り、俺をどう思ってるかこの石持ってたら聞こえるのか!

 マジかよ。

 これがあれば……っ。

 俺は、直ぐに学校に向かって走り出した。

 誰よりも早く、いつもよりも必死に。

 背中に羽が生えたのではない時疑いたくなるぐらい、俺の体は軽く、足が飛ぶ。

 橋本っ! 待っててくれっ!

 全力で学校まで戻ると、制服に着替えた橋本の後ろ姿が目に入る。

 これは、運命っ!

 橋本は、俺の事を待っていたのかもしれない。

 直感で、俺が学校に戻ってくるとわかって待っていてくれたんだっ!

 これは、もう、いい感じな心の声が聞こえたら、告るしかないっ! 俺から!


「橋本っ!」

「あ、細谷くん。忘れ物?」

「あ、いや。違うんだけど……、橋本っ」


 俺のこと、どう思ってるか心の声を聞かせてくれ……っ!


「え? 何?」


 橋本っ!

 俺の事……っ!


『細谷くん、どうしたんだろ? 忘れ物じゃないんだよね?』


 俺の心配!?

 やっぱり、橋本は俺が……っ!


『大した用事じゃないなら先生に言って欲しい。彼氏学校の人に見られるの嫌なんだよね。裏口に車付けてもらお』


 え?

 は?

 彼氏?


「あ、ごめんね。ちょっとメール返してから聞くね」

『今日は裏口でお願いね、と』

「ごめんね、何だった?」

「あ、いや。何でもないです」

「え? 何で突然敬語なの? ちょっと面白い」

「いえ、もう他人なので」

「へ? 他人?」


 橋本、お前は俺じゃなくて彼氏が好き。

 俺は、彼氏がいる橋本は好きではない。

 つまり、もう俺たち二人は赤の他人だ。

 何が起こっても。

 もう、興味もないし帰ろ。


「じゃ、橋本さん。さようなら」

「え? あ、うん」


 無駄な体力使ったわ。

 アホらしい。

 クソくだらん。あー。馬鹿馬鹿しい。モテる訳ねぇだろ。アホか。

 大体、橋本もそんなに可愛くねぇーのに、何だって……。


『何だったんだろ、細谷くん。でも、今日は沢山細谷くんと離せれたし、ラッキーかも』


 は?

 振り返ると、夕日に染まって真っ赤になっている橋本が、俺が振り向いた事に気づいて小さく手を振る。


「……は?」


 多分、マネージャーの橋本は俺の事が好きだ。

 本人に直接言われた訳じゃない。

 けど、見てれば分かる。

 彼氏がいるくせに。

 彼氏が迎えに来るくせに。



 だけど、走り出したら、そう簡単に止まらなくない?



おわり

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