第6話 もしかしなくても俺は……?

 家に帰ると、兄貴がもう帰宅していた。玄関に見たことのない運動靴が有る。


……小さくないか? お客さん? 誰だろう。

 「ただいま……」

 「お帰り~早いな。いつもこんなだっけ」

 「兄貴こそ早くないか? いつもなら……あ」

 リビングにお客さんだった。え、誰だろう。若い女の人だ。

 「こんにちは。えっと、弟さんかな?」

 「……こんにちは。はあ。」

 「あら、基、お帰りなさい。早かったわね。ん?始より遅かったから、いつもより遅いのかしら? 」


ママが携帯を持って廊下からリビングに入ろうとしていた。

 

 客がいようがいまいが、この母はいつもマイペースな母だ、と始と基は思った。

 

 「うん……」 

それよりも、お客さんだよな。


 「あ、先生、ごめんなさい。お電話が入っちゃって。お待たせしました。ええと、どこまでのお話しでしたかしら」

  


 先生……?あ、担任かよ! 兄貴の担任てことは、家庭訪問か? もう、そんな時期か。あれ、俺はいつだったっけ?てか、まだ新学期じゃないだろ!しっかりしろよ、自分。今は三月だ、三月。


 「基、おやつなら後でお部屋に持って行くから先に手を洗って待ってらっしゃいね」 


 ママ!恥ずかしいからそんな事をお客さんの前で言うなよ!ったく、本当にマイペースなんだから!


 「……うん」

 でも言い返せない俺だ。兄貴は一緒にその人と話してていいのか。まずくないのか?


 あれ、一体なんの先生なんだ?兄貴の担任は誰かなんて覚えてなかった自分にびっくりした。もうすぐ卒業するのにな。

 自分の部屋へ向かう途中で、若い先生の話し声が聞こえた。高い声だから響く。


 「皆さん背が高いんですね!杉﨑君も大きいけど、弟さんも四年生なのに長身ですね~羨ましいです~!」

 「そお~なんですよ! もう二人とも図体ばかり大きくて~中身がまだまだ子どもなんですけどねえ~困っちゃいますの~! うちは夫がちょっと普通よりも大きくて~将来が恐ろしいったら~! 」


 ……生んだのは自分だろう。

って、思うよな。普通思うよな。






 「基、入るぞ。おやつ持ってきたから」


 え? なんだ? 兄貴が持ってきた。 

 「……ありがと」

 「さっきの人、気になるだろ?」

 「は? あの女の人か? あんまり……」

 本当に気にならなかった。先生じゃないのか?


 兄貴はおやつを机の上に置くと、俺のベッドの端に腰掛けた。


 「え、気にならない? なんで」

 「なんで、って言われても、何で? もう帰ったの? 」 

 「うん。さっき帰った。あの人、もしかしたら、来月から家庭教師に来てくれるかもしれない先生なんだ」


 家庭教師……?

 「何? 兄貴、そんな頭悪かったっけ? 」

初耳だよな。


 「おまえなあ! なんだよそれ! そんなに俺が頭悪そうかよ! 」


 「え、だって家庭教師なんか雇うんだろ、勉強出来ないからじゃないのかよ? 」

 兄貴は足をバタバタさせながら、ベッドに倒れ込んだ。うわ、ホコリ立つから止めて欲しい。自分のベッドでやれよな。


 「違うって、頭は普通だと思う。俺たち通知表を見せっこした事ないもんな。俺はそんなに馬鹿じゃない。と思う」

 そうなんだ。俺らは互いの成績を知らない。両親には見せるけど、自分たちのはさわらぬ神にたたりなし? だと思って、触れなかった。


 「へえ。そうなんだ」

 もう、おやつを食べながら話すぞ。コーヒーが冷める。

 「一個もーらいー! 」

 「ちょ、待てよ! 」

 俺がコーヒーを飲もうとしたら、クッキーを一枚盗りやがった。


 「後で返せよ。兄貴だって食べたんだろ!」

 「いいじゃん、クッキーの一枚くらい。ケチ」

 ……葵みたいな事言うなよな……。

 「あ、やべ。葵が移っちまった!」

 兄貴も同じ事考えてた事に笑えた。そうなんだ。葵だよな。

 「何笑ってんだよ」

 「兄貴が葵みたいな事言うからだよ」

 「だよなー 葵がいつも言ってるよな!ハッハッハ! 」


 いきなり兄貴はが真顔になった。ええと、ここは笑っちゃいけないところだよな? こらえろ。


 「俺さあ、もしかしたら、将来会社を継ぐかもしんないじゃね? 」


 いや、もしかしなくても継いでもらわなきゃ俺が困るんだけど!

 「うん。そうだよね」とだけ言っておく。うん。


 「その可能性があるじゃね? そうすっとさ、今から考えておく必要あると思ってさ、中学は間に合わなかったけど、高校から私立に行こうと思ったんだよ」


 「今から間に合うのかよ。すげえと思うけど。将来の事考えてんのはさ。」

 俺はパパの会社が県外にあって、そこまで通うのも嫌だと思うし、息子として会社に行くのも嫌だ。さすが兄貴だ。たった二歳しか違わないのに、もう将来の事を考えてんのか……。


 「だーかーらー、 塾にしないで家庭教師にしたんさ。それとな、俺が頭良くなったら、お前に勉強を教えてやるよ。覚悟しとけよ? 」


 「げっ……兄貴がかよ……」

 「しょーがねえだろう、俺に金掛け過ぎたらお前にまで回んねえだろうが」

 「何だよ。俺んち貧乏なのか? 」

 俺はそんな事考えた事は一度も無かった。二歳の年の差はこんなに大きいのか? 兄貴は来月中学生になる。中学生って、そんな事も考えてんのか……?するとしたら、茂生君も?あっちは支社だけど、パパが言ってたな。裏の本社だって。意味わかんないけどさ。裏? 表の本社が俺んちなのか?わけわかんねー。


 「いや、貧乏とか金持ちとかじゃなく。金の使い方を考えてんの。余計なところにはかけない。ムダを省くんだ」

 「……それって俺にかける金がムダって言ってるのと同じじゃね?」


 クッキーが甘過ぎだな、ママ。一枚食べてちょっと飽きるな。 



 兄貴は笑ってやがる。図星かよ。

 「そこが違うんだなあ。俺たちの小遣いが増えると睨んでるんだ。だからお前も協力しろよな?余計な金を使わずに俺らに回って来るようにさ? 」


 兄貴は夢みたいな話を考えていた。

その上さっきから、ニヤニヤしているのを隠せないでいる。気味が悪い。


 「何だよ兄貴、にやけてんな。」

 「えっ?だって来月から女子大生が毎週勉強を教えに来るんだぞ? 」


 兄貴が何を言っているのかわからない。

 「あっそ、良かったね」

 「何だよ? 嬉しくねえ? 結構可愛かったよな? 」

 は? そうだったか……?可愛いと言えば、早瀬の方が可愛い……って、あれ? 


 あれ? 絶対早瀬の方が可愛いよな? あの、ニカッて笑った顔の方が絶対良いよな? 


 「何、お前は年上好みじゃねー

か? まあ、年上過ぎるか」


 「……俺、小学生だし。兄貴とは違うし」

 てか、興味無い……。

 同じクラスの早瀬は男だけど。


 アイツの方が絶対可愛いと思う。

 

 ちょっと待て。


 同じクラスの女子たちと比べても、俺は早瀬の方が絶対可愛いと思う。


 ……ちょっと、待てよ……?



 もう、兄貴が何を言っても全然聞こえて来なかった。


 なあ、これって、もしかしたら……?


 もしかしなくても……?



 ………まさか?


 俺は迷路にハマったのか?


 

 

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