杉崎基 「俺の人生初・転換記」

永盛愛美

第1話 誕生日はバレンタインデー

 あれは去年の10歳の誕生日の出来事だった。




「基(もとい)!!ねえ、ちょっと来てぇ見てぇ!! 」


 母親のでかい叫び声が聞こえた。

なんで女ってこう、うるさいんだろう。

 「何? ママ。なんかあった? 」

 庭先から叫びながら玄関に入って来ては、珍しくドタドタと廊下を走りながらやって来た。

 「ねえ?見て見てぇ!これがポストに入っていたのよ! 」

 と言って、俺の前に両手を差し出した。赤やピンク、黄色のラッピングされた小さな箱が透明な袋に入れられ、三個ほどあった。中に紙が入っていて、小さな字で何か書いてある。


 杉崎 基 様 基くんへ 杉崎 基君へ 

 「……はあ? 何、これ。 」

 全部俺あて? 

 

 「ただいまあー。なんなの、ママうるさいよ。外までまる聞こえなんだけど~? 」

 兄貴の始(はじめ)が学校から帰って来た。今日は俺よりも遅かった。

 リビングへ入って来ると、母親から受け取ったばかりの小袋を兄貴は目ざとく見つけた。


 「おっあっ? 基、お前ももらったんか! 」

 「お帰りなさい、始! あなたにも、ほら。あったのよ! 」

 エプロンのポケットから二つの小箱を兄貴に渡した。ママ、興奮してないか?


 なんなんだ? 今日は俺の誕生日だけど……兄貴にもある? 

 「よっしゃ、合計四個ゲットー! 」

 なんなんだ。意味がわからない。なんで誕生日ではない兄貴までもらえるんだ? 


 「なんだ、基。ノリ悪いな。素直に喜べよ。俺一人でバカみたいだろう。あ、ママもか? 」

 「ママは嬉しいのよ! 息子が二人ともモテてくれちゃって! 」


 モテる? なんだ、それ。

 「あ、ママ、コイツわかってなさそうだよ? 」

 そうだよ悪かったな。

 「あら、そういえば今日は基の誕生日だったわね。ママすっかり忘れてたわ!ごめんごめん、今から何か作るわね~ 」

 そう言い残してキッチンへと消えた。なんだと?


 「……ママ? 」

 「まじ?ママらしいけど……あ、誕生日おめでとう、基」

 兄貴も思い出して付け足したように言うなよな。嬉しくない。


 するとこれは誕生日プレゼントではない? この三個のラッピング、なんか似てるな。チラチラ見ていたら、兄貴がニヤニヤ笑っていた。


 「なんだよ。気味悪いな」

 「今日さ、学校でガサ入れ、じゃない、持ち物検査があっただろう? 」

 「うん。あった。六年生のクラスも? 」

 「多分、四年生以上は全クラスあったんじゃないかな。今日はバレンタインデーだからな」


 バレンタインデーか!!

 「えっ……じゃあ、これって? 」

 「とりあえず中を見てみろよ。名前とかメッセージとかなんか書いてあるだろう。バースデーメッセージかもしれないし。俺わかんねーけど」


 バレンタインデー? って事は、コクったのか?これって。

 「兄貴ももらった? 」

 「うん。直に二人からと、今ママから受け取ったやつとで四個」

 「直に……? 」

 提げていたそれらしい小さな紙袋をちらつかせた。


 「誰からもらったの? 」

 「ええ~お前、それ聞いちゃう? お前なら答える? 基こそ誰からもらったんだよ」


 「見てみないとわからない……ねえ、これ、もらったらどうするの? お礼を言うの? 」


 初めてだから、ぜんぜんわからない。何故だろう。そんなに嬉しくない。兄貴や母親が喜んでいるけど……初めてだからかわからない……どうすればいいんだ? 


 兄貴は、着替えてからゆっくり教えてやる、と言って、部屋に入ってしまった。

 慣れていそうだな。六年生だから? そんなものなのか。 誰からかわからないものなのに、中身を見ればわかるのか? 知らない子からだったら気味悪くないのかな。


 自分も確認しなくちゃ。誰からだろう。面倒くさいな。


 この時、俺には有り難みが全く無かった。プレゼントをくれた三人には申し訳なかった。


 「げっ! 一つ上の女の子だよ! こっちのポストのやつ! えええ~わざわざ来たのかよ。中学生が~うわ、信じらんねー! 」

 兄貴がリビングで叫んだ。自分の部屋で開けろよ。

 「知ってる人? 」

 「うん。去年まで子ども会で女子班長やってた子だよ。多分、基も見た事ある」

 「覚えがないや」

 「お前のは、知っている子だったのか? 」


「え……あ、うん。名前は見た事ある。多分……同じクラスになった事があると思う。どの学年だったかは覚えてないけど」

 「可愛い子だった? 」

 「だから顔なんか覚えてないって」


 これからその三人の事を調べなきゃならないのか? このまま無視しちゃいけないのか? ああ、面倒くさい!


 クラスのみんなももらったのだろうか? 詳しく知っているやつはいるかな。

 葵(あおい)……同い年のいとこは、もらったかな。

明日の朝、聞いてみるか。


 兄貴には、来月のホワイトデーとやらにお返しをすればいい、とだけ教わった。使えねー兄貴だ。

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