とある盗賊・走り続ける
七霧 孝平
その盗賊、走り続ける
俺はしがない盗賊。
物を盗む、ダンジョンの宝箱を漁る。それを売る。それで生計を立てている。
俺には別段、特殊なスキルはない。そんな俺の最大の取柄は――。
「盗人だー!」
「あっちへ逃げたぞー!」
――走る、走る、ただ走ること。
とある屋敷に忍び込んだはいいが、情けないことにあっさり見つかり逃げている。
だがこれもいつものこと。俺は少しだけ奪えた小物を片手にただ走る。
「は、速い……」
「それもだが、なんて体力だ……」
警備はあっさり脱落。今回は逃げるのは余裕だった。
だが時には命懸けだ。
ある時、ダンジョンで財宝を見つけた。
だがそこはちょうど魔物の巣だったらしく、俺は今回、魔物に追われるはめに。
魔物は人間と違い、体力が段違いだ。俺はダンジョン内をひたすらに逃げ回る。
伝説の勇者やら、歴戦の戦士なら、戦って倒すくらいできるんだろうが、俺は戦闘能力はからっきし。ケンカなんか勝てたためしもない。
さすがの俺も魔物と体力勝負で勝てはしない。財宝もいくつか抱えていて重い。
「仕方ねえか」
俺は財宝のいくつかを捨てる。命あっての物種だ。
軽くなればこっちのもの。この走りはそこらの魔物にも負けはしない。
ダンジョンから出るころには、財宝の大半を落としていたがな。
そんなある日、いつものように盗んだ物や財宝を換金してた時だ。見知らぬ奴に声を掛けられた。
最初、ヤバいと思った。明らかに兵士のような恰好。どこか盗みに入った家の刺客かと思ったね。
だがそいつは俺なんかに頭を下げこう言った。
「貴方の走りの情報は伝わっております。それを見込んでお願いが」
なんでも『いせかいじん』とやらの情報で今度の国と国の戦いが『まらそん』とやらになったらしい。
走って勝ったほうの国の勝利。それで面倒な国の戦いが終わるならそれもいい。
それで走りに強い奴を集めていたら、その一角に俺なんかがまわってきたらしい。
最初はそこまで乗る気はなかったが、なんとこれで優勝すれば今までの罪をチャラにしてくれるという。これはやるしかないね。
俺は城に呼ばれると、まず代表を決める予選を走ることに。
なるほど速そうな奴が集まってやがる。
だがそんなことは関係ない。俺はいつものように走るだけよ。
予選が終わる。代表は……もちろん俺だ。
速い奴はいた。だが体力がない。逆もな。
そしてなんやかんやでついに『まらそん』本勝負だ。
あっちの代表は……俺?
聞いたところによると、なんと相手側の鏡を使った魔法で俺そっくりを作ってるとかなんとか。
なるほど俺と同じなら負けないってわけか。
勝負が始まる。
走り始めるとなるほど、まったく同じ速さでついてきやがる。あまり見る余裕はないが、走り方もそっくりだ。ムカつくぜ。
かなり走っても全く差がつかない。体力も同じってわけか。
終わりが見えてくる。このままでは引き分け。引き分けたらどうなるんだとか考える余裕はある。
だがな、俺もこんなところで偽物に負ける気はない。
俺は服を脱ぎ捨てる。速度が上がり、こっちがわずかに上回る。
そしてそのまま……勝利だ。
「ありがとうございます」
国のお偉いさんに声を掛けられる。
「しかし、服を脱いだだけでそこまで変わるものですかな?」
お偉いさんの問いに、俺は服を見せた。そこには宝石が一つ。
「なんと……」
「これはお守りみたいなものでな。換金せず持ち歩いていたわけだ。お守りを捨てて勝つってのも変だが、ま、いいだろ?」
俺は服を着なおすと立ち上がる。
「これで貴方の罪はなし。ですがこれからどうするつもりですかな?」
「決まってるだろ」
俺はこれからも走り続けるだけさ。
とある盗賊・走り続ける 七霧 孝平 @kouhei-game
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