少女漫画風トキメキ屋

Re:over

少女漫画風トキメキ屋

 連絡をもらい、私は食パンを咥える。シチュエーションが古すぎないかと思いながらも、キラキラ少女へスイッチを切り替えた。


 真新しい制服、スクールバッグ、ローファー、これだけ見れば明らかに入学式へ行く学生だ。しかし、それらを身につけている私はもう24歳。学生服を見る度に自分が年老いていることを感じてしまう。余計なことを考え始めてしまったので、頭を振り、純粋無垢な少女だけをイメージした。


 ふぅ、と一息ついてから走り出した。スカートはひらひらと揺れ、髪はさらさらと跳ねる。


 視界の悪い十字路を前にカーブミラーを確認すると、右側から一人の男性が歩いてきている。このまま十字路へ出ればぶつかりそうだが、スピードも落とさずに走る。


「いっけなーい遅刻遅刻」


 十字路へ出た――案の定、右側から男性が現れてそのままぶつかった。馬鹿馬鹿しいが、これが私の仕事。その名も、少女漫画風トキメキ屋。少女漫画の伝統的文化である「食パンを咥えて『いっけなーい遅刻遅刻』と言いながら視界の悪い曲がり角で異性とぶつかり、トキメキキュンキュンする」というシチュエーションを再現してあげよう! という馬鹿げた仕事なのだ。今回もそうだが、男性が依頼してくる場合はだいたい「女性にトキメキキュンキュンしてほしい」という要望がついてくる。そのため、この仕事では演技力が試される。


「あいたたた……」


「大丈夫ですか?」


 盛大に尻もちをついた私に男性が手を差し伸べた。私は目を輝かせ、食パンを気に留めることもなく手を取る。手を取る時は恥じらいの表情を忘れずに。


「あ、ありがとうございます」


 触れた手を気にしながら小声で感謝し、上目遣いでアッパーする。


「怪我はないですか?」


「はい、大丈夫です」


「次からは気をつけてくださいね。じゃあまた」


 そう言って男性は去っていく。


「あの!」


 私はそれを引き止め、いい感じの雰囲気を作る。


「名前、聞いてもいいですか?」


***


 この仕事が終わった後はものすごい自己嫌悪に襲われる。常連の客もそこそこ確保して波に乗ってきたところだったが、いちいち疲弊していたら仕事どころではない。


 実を言うと、私がこの仕事にトキメキキュンキュンを求めていた。夢見る少女になれば、過去の嫌な記憶も忘れられると信じていた。もう一度異性を愛することができると思っていた。でも無理だった。


 次の仕事で最後にしようと決心した。


 最後の仕事の依頼主は女性であった。そのせいもあってか、心が軽かった。連絡が来たので食パンを咥え、制服を整えた。


 朝の穏やかな空気が心地よい。絶好のトキメキ日和。軽快な足取りで住宅街を駆ける。


 曲がり角で少しばかり減速して体を出し、女性とぶつかった。私は少し大袈裟に吹っ飛んでみせた。


「あいたたた……」


「大丈夫?」


 手を差し出され、彼女を見上げる。美しいながらもカッコ良い顔立ち。目がぱっちりしていて、鼻も高くて、肌も白く、可愛らしい。それなのに、ベリーショート、細長い指、女性にしては低い声、口調、それらが男性とは違うカッコ良さを含んでいた。


 胸の鼓動は早くなり、顔が真っ赤に焼ける。手を取ることも忘れ、思わず目を逸らした。次に何をしていいのかも分からなくなる。


「ほら、立てる?」


 私が頷くと、彼女はしゃがみ、私の腕を肩に乗せた。心臓の音が聞こえていないか心配になる。緊張で手も足も震えて、恥ずかしいことこの上ない。彼女の肩を借りて何とか立ち上がることができた。でも、頭が真っ白になって立つことさえも忘れてしまいそう。


「家まで送ろうか?」


「は、はい……お願いします」


「そういえば、名前は?」


「さくらです」


「可愛い名前だね」


 対応もイケメン。私は彼女に恋をした。

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