RUN!
真白涙
第1話 RUN!
「準備どうよ?」
手元のカメラの撮影停止ボタンを押して、きちんと保存できたのを確認してからリクはシンジを見た。相変わらずセットしているのか寝癖なのかわからない茶髪がぴょんぴょんと跳ねている。
「外観の撮影はオッケー。どした?ビビってんの?」
「ンなわけあるか。十分だっての。どうせ出ねーよ」
「出るか出ないか、そういう雰囲気が撮れればいーんだよ。どうせ視聴者だってそういうハラハラを求めてるんだからさ」
リクとシンジはサイトに動画をアップしている。これまであるある系から料理系、歌ってみたなどありとあらゆるジャンルを試してきた。そしてようやく手ごたえを感じたジャンルがホラー系、その中でも心霊スポット巡りネタだった。
二人のモットーは楽して稼ぐ、ゆくゆくはテキトーに動画をアップして広告収入で稼いで酒とブランド品と女で遊んで暮らすのが二人の夢だった。
「これで登録者数三万行くといいな」
「せっかく金出して海外まで来たんだ、五万は欲しいな」
いつもは日本で心霊スポットを巡っているリクシンジだが大学の長期休みを利用してアメリカに来ていた。
「よし、じゃあカメラ回すぞ」
「どうも~リクです」
「やっほーシンジです。さてリク、今日は何するの??」
「今日はね、念願叶って初の海外ロケ!アメリカで有名な心霊スポットに来ていま~す。結構有名な所だから知ってる人多いんじゃないかな?」
「タネも仕掛けもヤラセもなし!超本格心霊スポットツアーへあなたをご招待!」
シンジが挨拶をしている間にリクは古びた洋館を見上げる。廃墟となっている立派な洋館は不動産で財をなした男が建てたものらしい。田舎にいる時は心優しい青年だったそうだが、一度金持ちとなるとただ高いから、という理由で絵画や彫刻を買い漁ってはこの洋館にコレクションしたのだとか。
「それじゃあ早速、いってみよ~」
洋館の扉までは石畳が続いていた。シンジの背中と洋館の正面が画角に収まるようにしてリクも後を突いていく。曇天の空、雲の隙間から欠けた月あかりが地上に差し込んでいる。不気味さを演出するには百点満点の絵面だ。
さぁ、入ろうとしたところでギギッと不気味な音を立てて傷の入っている木製の扉が開いた。思わず二人して顔を合わせる。
「何今の?風?」
「いや、風なんて吹いてないだろ」
二人してあたりを見渡すも枯れ木の枝はおろか落ち葉も揺れてはいない。ゾクリ、としたものが背筋を駆け上がった。それは恐怖か、それともアタリを引いたという高揚感か。どちらにせよここで引き返すという選択肢はなくなった。
扉をくぐると天井の高い玄関ホールに出た。建物内に月明りは届かないので二人は懐中電灯のスイッチを入れる。正面には幅の広い階段があった。手すりには細かな意匠が彫られているけれどすっかり砂埃を被っている。
階段に向かおうとした時、シンジが肘でリクを小突いた。三段目あたりに白っぽい何かが落ちている。
「なんか落ちてる!」
声はすぐに動画モードに切り替わる。よかった、ネタがあった。安堵してそれに駆け寄って手にする。
「なにコレ?メモかな」
シンジの手元を大きく映してから四つ折りされたそれを開いた。
「RUN!って書いてある」
「走るって、この洋館の中を?」
「なんのためにだよ。行こうぜ」
ボロボロの絨毯が敷かれた階段を登る。館内は予想していたよりも綺麗だった。それに有名心霊スポットということもあり訪れる人も多いのか足跡で何となくの経路が予想できてしまう。
リクもシンジも拍子抜けだった。玄関の扉が開いた時の高揚感はもうどこかへ行ってしまった。なぜなら二階に移動し、片っ端から部屋を開けてもどういうわけか絵画一枚見当たらない。
「つーかこの前のさ、ホラ旅の動画見たか?なんで喋ってるだけであんなに再生回数伸びるんだよ。俺らの方がよっぽど面白いもの撮ってんじゃん」
ホラ旅、とはホラー旅行日記というホラー系動画で有名なリクたちの同業者だった。ホラ旅のメンバーは三人で同い年くらいだ。心霊スポットを巡る他、ホラーや怪談の知識にかなり精通しているのが特徴だ。
「おいカメラ回してる時にそういうこと言うなって」
「編集でどうにでもなるだろ?」
シンジは空いている手でチョキチョキと空を切って見せた。
「この洋館にまつわる話ってどんなのだっけ?」
動画に必要なことだから話さない訳にはいかない。それにリクも飽きてきたところだった。
「不動産で財を成した主がこの洋館を高値で競り落として数々のコレクションを保存していたらしいんだけど、その中にいわくつきのものがいくつかあるらしい」
「コレクション、なくね?」
絵画も甲冑も彫刻も茶器も、いわくつきのコレクションになりそうなものは見当たらなかった。
「ないよな。ハズレか?」
落胆しながら廊下から続く四つ目の部屋を出た。その頃にはもうすっかりこの雰囲気にも慣れてきた。いわくつきのコレクションがないのならこの洋館はちょっと豪華な空き家ということになる。
四つ目の部屋を出た。RUN!と書かれたメモを見つけて以降、めぼしい収穫はこれといってなかった。長く続く廊下を照らすもその終わりは見えない。
その瞬間、二人の懐中電灯が音もなく消えた。一瞬にして暗闇に包まれる。
「おいっ、予備の懐中電灯は!?」
「このバッグに……あれ?点かねぇ!?」
「何やってんだよ!電池の確認しろってバカ」
「したよ!ちゃんと灯火確認してから」
カメラの液晶パネルにオレンジ色の枠がパッと表示された。リクとシンジは急いで液晶を覗き込む。オレンジの枠は顔認証の印だ。だけど画面は暗闇のまま。
いる。そこに、ナニかがいる。触れてはいけない恐ろしい存在を直感でも感じた。
そしてリクは思い出した。玄関ホールに落ちていたメモの内容。もしかして、あれは。
「さっきのメモRUN!って走れじゃない……逃げろって意味だ」
顔を見合わせるなりリクとシンジは全速力で走りだした。
「うわぁぁあああっ、ごめんなさいっ!ごめんなさいぃぃぃ」
「もう来ません!遊び半分で来たり、ヤラセで面白がったりしませんからっ!!」
全ては目の前の恐怖から逃げるため。部屋を飛び出して長い廊下を縺れた足で走り抜ける。螺旋階段を駆け下りて、天井の高い玄関ホールを走り去り、わずかに開いた傷んだ扉にタックルをかまして外へ出た。
借りていたバンに乗り込む。車の鍵のボタンを押すのにすら手間取ってリクは一度地面に鍵を落とした。運転席にリクが、助手席にシンジが乗り込んでお互いに勢いよくドアを閉めた。
ゼーハーと肩で息をして呼吸を整える。こんなに恐ろしい思いをしたのは初めてだった。
ガタガタと震える手足がようやく落ち着いたのは五分以上経ってからだった。
「超怖かったけどさ、バズるんじゃね?」
シンジは興奮気味にそう言った。
「え!アップするの?やめといた方がいいって絶対」
「せっかくアメリカまで来たのに手ぶらで帰れるかよ。カメラ貸せって」
「あ、おいっ」
リクは絶対に反対だった。おかしなものが映っていて祟られたりでもしたらたまったもんじゃない。
「え?あれ?」
「どうしたんだよ」
「データ、全部消えてんだけど」
撮影データーは館内のものはおろか、外観を撮影したデータすらもファイル丸ごと消えていた。
あそこで逃げていなかったら。そう考えるとリクは嫌な汗が止まらなかった。
RUN! 真白涙 @rui_masiro
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