第10話 ごめんなさい

 静寂に包まれた応接室に正午を知らせる鐘の音だけが鳴り響きます。


「やはり、ノーストは存在しませんか…なんとなく気がついていました」

「と言うと?」


 私は静かに手に持った紅茶を机に置きます。


「貴方の言う魔素を私達は魔力と呼んでいて、似ていますが性質は少し異なります。それに精霊や文字、私の暮らしていた国とはあまりにも違いが多すぎました」


 精霊なんて魔法に関連しそうな存在がいるのなら、大学に居た私が知らないはずがありません。


「恐らくですが、こことは違う世界…かと」

「なるほど…異世界から」


 シエルはソファーから立ち上がり、興味深そうに私の体を色んな方面から見始めました。

 顎に手を当て「ほうほう、なるほど…そうなってるんですね」と呟いています。

 もしかしてこの人、私の体の構造を完全に把握しようとしてませんか?


「あの…シエルさん?」

「はっ!すいません!異世界から来た人を見るのは初めてで気になってしまって!」


 我に帰ったシエルは恥ずかしそうに頬を赤く染め、向かいのソファーに再び座りました。


「ごほん!貴方が異世界から来たと言うことは分かりました、これからはどうするおつもりで?」

「待ってください!そんなにすぐ信じるんですか!?」

「大丈夫です、見ていれば嘘ではないことは分かります!」

「えぇ…」


 彼女があまりにも自信満々なので大丈夫だろうか、と思ってしまいますが特殊な目を持っていると言っていましたし、信用してもらえるならいいでしょう。


「これからは旅をしながら元の世界へ帰る方法でも探そうと思います」

「それは良い考えですね」


 せっかく異世界にいるのでしたら、良い機会ですし色々学んでおきたいですね。

 ここで精霊術やその他の技術も学んで帰れば上三級になれるやもしれません。

 上級に上がるにはオリジナルの魔法を作り、認められなければなりません、更に上の超級魔法使いはたった1人、時間操作魔法の使い手で私の最も尊敬する人物です。


「ダンジョンを巡るのも良いかもしれませんね、あそこは不思議な道具がたくさん眠っています」

「ダンジョンもあるんですね」

「はい、この世界には10箇所ダンジョンがあります。未だ解明されていない階層が多くあり、心躍る冒険が出来ますよ」


 心躍る冒険に不思議な道具ですか、とても興味あります。

 元の世界にもダンジョンはありましたが、ほとんど攻略されていたので入ってもほぼ安全という、もはやダンジョンと呼んで良いのか分からない場所でした。

 

「あと、できればで良いのですが…たまに体を調べさせてもらっても…!」

「ダメです!」


 しょんぼりとするシエルを見て、この人、見かけによらず好奇心旺盛なんだなと思いました。


「それよりも早く、精霊と契約をしたいのですが」

「そういえば忘れてました、早速しましょうか」


 体の構造などの話をしていたせいで本題がだいぶ逸れてしまいましたが、ようやく軌道修正が出来ました。

 この世界に来て一か月、ようやく精霊と契約できます、楽しみです。


ーーーーー


「では、始めますよっ!」

「はい!」


 私達は神殿の中心に戻り、手順の説明を受け、精霊との契約を始めました。

 シエルはパンっと手を合わせゆっくりと両手を開いていくと、薄い輝きが収束し、一本の杖が現れした、え、それどこにしまってたんですか?後で教えてもらいましょう。

 宙に浮いた杖を手に取り、空に掲げ、魔素が杖に込められていき、勢いよく地面に振り下ろしました。


「おお…!」


 私を中心に巨大な魔法陣が地面に現れます、なんだか転移の時を思い出します。

 私が両手のひらを前に出すと魔法陣は少しずつ収束し、握り拳ほどの大きさの青い球体になり、私の手の上に留まります。

 その球体に神殿内で浮かんでいた白い精霊の一体が近づき、球体内に入っていきます。

 これが私の契約する精霊の核になるらしく、あとは私の魂を繋げれば契約は完了します。

 私は静かに教えられた言葉を告げます。


「魂の繋がりをここに」


 私は精霊の核へ口づけをし、球体の表面に波紋が広がります。


「共にあることを誓います」


 球体は眩い光を放ち、視界が真っ白に染まります。

 そして徐々に光は弱まり、視界が戻った時には目の前に青色に染まった精霊がふわふわと浮いていました。


「契約、成功です、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 精霊と契約したことにより、体の外から魔力が流れてくる感覚があり、少し違和感を感じます。

 そして首輪のような紋章が首に現れます。

 顔に大きな紋章が出なくて良かったとは思いますが、首輪に見えるのは少しどうかと思います。


「何はともあれ、これからよろしくお願いします、精霊さん」


 人差し指で精霊の頭を撫でます。

 精霊は嬉しそうに目を細め、私の周りを飛び始めました。

 なかなか可愛いじゃないですか。


「精霊の属性、見ましょうか?」

「属性ですか?」

「はい、特定の属性特化や全属性に適正が平均的にある精霊がいます、アルミットさんの精霊は…全属性に適正がありますね、ですが…」


 なんでそこで言い淀むんですか、怖いじゃないですか。


「その子、空気中にある魔素の吸収率が普通の個体の半分ぐらいですね」

「まじですか…」

「恐らく、アルミットさんの体内で魔力?を生成できるので、衰えてしまったのでしょう」


 なるほど、私の体に原因があったんですね。

 私のせいで能力に問題が出てしまうとは、精霊に申し訳ないです。


「ごめんなさい、精霊さん」


 私が謝ると精霊は慌てたように私の頭の周りをグルグル回り始めます。


「アルミットさん、きっと精霊さんは気にしないで欲しいと言ってますよ」


 シエルがそう言うと、精霊は同意するように何度もブンブンと頷きました。


「そう言ってもらえると助かります」


 私の頬にしがみついた精霊を軽く撫でます。


「改めて、これからお願いします」

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