第9話 ただの旅人ですよ

 綺麗な街並みに賑やかな人々、壁に守られたその国の中心には恐ろしいほど大きな城があり、国が見えたときは思わずポカンとしてしまいました。

 国への入り口には入国審査の為、何台もの馬車や人が並んでいて、私達は関係者用の別口で並ばずに審査を受けていました。

 なんだか順番抜かしをしている気分で申し訳ない気持ちに襲われます。

 

「お久しぶりです、セルドさん!」

「久しぶり、元気だったか?」

「はい!セルドさんはついに彼女、出来たんですね!」

「みんなに言われるんだが、違うぞ」

「いやほんと、彼女できるに賭けておいてよかったです!」

「おい待て、賭けなんてしてたのか!」


 セルドはというと半年ぶりに会う部下と談笑をしています。

 私は入国審査に必要な身分証が無いので、現在身分証を発行中です。

 初めは別室に連行されそうになり、それはもう焦りましたがセルドのおかげでなんとか身分証を無くしたということにできました。


「アルミットさん、このカードに血を一滴お願いします」

「了解しました」


 私はこの国の文字が分からないので血液による代筆をする事にし、女性の騎士から渡された針で指先を少し刺します。

 チクッと少し痛み、指先をからプクッと血が出て、その血をカードに一滴垂らすと薄く輝き、白紙のカードに文字が刻まれ、騎士さんに針を返し、完成した身分証を受け取りました。


「次は無くさないようにお願いしますね、大事なものですから」

「すみません、気を付けます…」


 今まで魔法大学のブローチがあればどの国にでも入れたので、卒業後は身分証を発行しなければならないことをつい忘れてしまっていました。

 何はともあれ、こうして私達は無事に国の中に入ることができました。


「外から見えた時から思っていましたが、やはりすごいですね!」


 思わずテンションが上がってしまいます。

 国の中はやはり人で賑わっており、あの村とは比べものになりません。

 目的地は神殿ですが、大道芸人のパフォーマンスに目を奪われたり、散歩中のペットを撫でたりと、つい寄り道してしまいそうになり、セルドは少し笑いながら私の方を見ていました。

 

「神殿で契約を済ませたら、街を巡ろうか」

「はい、そうしましょう!」


 あの村でお金は余るほど手に入れましたから、何を買おうか楽しみで仕方ありません。

 服やアクセサリーなんて買うのもいいかもしれませんね。

 街中の店を、後でどの店に行こうかと見ながら歩き、しばらくすると大きな神殿に到着しました。

 壁には彫刻が掘られており、美しい芸術品のようでした。

 階段を上がり大きな扉に少し触れると見た目に反して軽く、ですがゆっくりと扉が開きました。


「綺麗です…」


 神殿の中は多数の精霊がそれぞれ踊っているかのように飛び回っており、窓から差し込む光に羽が反射しキラキラとした輝きを放っていました。

 その神殿の中心には煌めくような金髪、真っ白な肌で純白の服に身を包んだ女性がいました。

 女性はゆっくりと私たちの方へ顔を向け同性ながら思わずキュンとしてしまいそうな綺麗な微笑みを浮かべます。


「彼女は聖女、シエルティラ・フェルザールだ」

「聖女だなんて、私には重すぎる肩書きです、お久しぶりですねセルド」


 そう言いながら、シエルティラさんはこちらはゆっくりと歩いてきます。

 どうやらセルドとは知り合いのようです。


「初めまして、アルミット・テラスティアです」

「初めまして、シエルティラ・フェルザールです、ぜひシエルと呼んでください」


 セルドはこの間に騎士団に帰還の報告をしてくると神殿を出て行ってしまいました。

 「では、こちらへ」とシエルに促され私達は神殿の奥へと進みます。

 やはりどこを見ても精霊が飛んでおり、とても幻想的な景色です。

 そして奥の部屋に案内され、どうやら応接室の様でソファーが向かい合う様に二つ並べてありその真ん中にはテーブルが置いてあるシンプルな部屋でした。

 ソファーに座り、少しすると精霊が紅茶を私の前に置きました、ふわっと紅茶の良い香りが鼻を刺激します。


「見たところアルミットさんは精霊と契約をなされていない様ですが、今回は契約をされに?」

「はい、そうです」


 そういえばシエルは私が精霊と契約していないことがなぜ分かったのでしょうか?

 セルドの時の様に裸を見られたわけでは無いのですが…嫌なこと思い出してしまいましたね。

 

「あの、どうして私が精霊が契約を結んでいないと?」

「私の目は少し特殊でして、人には見えないものも色々見えるんです」

「そうなんですね、例えばどんなものが見えます?」

「空気中に漂う魔素の流れや人と精霊の繋がりなど体の構造も分かりますね、あとは…人の運命とか」

 

 人の運命、ですか。

 なかなか特殊な目を持っている様です。

 その目を持っていれば神殿に勤めるのはまさしく天職でしょうね。


「私からも一つお聞きしたいことがあるのですが」

「はい、なんでしょうか?」


 シエルはソファーから腰を上げ、私の目の前まで歩いてきます。


「あなたは、どこから来たのですか?」


 私の目をじっと真剣な顔で見つめ、冗談を言える様な雰囲気ではありませんでした。


「体内で魔素を生成し循環させていますね。見た目は同じでも私達とは明らかに体の作りが違う、精霊や魔物だって体内で魔素を生成は出来ません…あなたは何者ですか?」

「…私はノーストと言う国から来た、ただの旅人ですよ」


 私はいまだ湯気の立つ紅茶を啜り口に含み、シエルが何を警戒しているのかを察します。

 聞いたこともない国や精霊という存在、なんとなくですが気がついていました、恐らくこの世界にノーストと言う国は…


「ノースト…私の記憶が正しければそのような名前の国は存在しません…」

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