第5話 それは誰の記憶?
「ここの店は素晴らしいですね!」
いや〜、本当に素晴らしいです!
宝石だけでなく他国の通貨も珍しいと買い取ってくれるとは!しかもかなりの高額で!
査定にかなりの時間がかかりましたが、私の手にはパンパンに膨らんだ袋が握られていて、その中にはもちろん大量のお金が入っている、ジャラジャラという音がなんとも心地良い、ついうっとりとしてしまいます。
旅に必要なローブや食料等を多めに買ったというのに全く減る気配がなく、セルドによると十数年働かなくても大丈夫な金額ならしいです。
「相当珍しい宝石だったみたいだな、どこで手に入れたんだ?」
「あれは学校の卒業祝いにおじさんが好きなものを倉庫から持っていっていいと言われたので持ってきたものです」
「持ってきて大丈夫な物なのか、それ」
「好きなものと言われましたし、数の指定はされていませんので」
おじさんの倉庫には宝石や魔法道具、武器など様々な物が置いてあり、あらかたい頂いたのはいい思い出です。
あの後おじさんから家に何度か手紙が届いていた気がしますが、気にしないことにしましょう。
さて、過去の事は忘れて収穫祭に向かいましょうか!
「お前のおじさんには同情するよ…」
ーーーーーー
空はもう薄暗くなり、松明の光が周囲を照らします。
大樹の真下、舞台の上には精霊の果実が祀られており、2人の巫女が舞を踊り、巫女の軽やかな動きに美しい純白の服が揺れ、手に持っている神楽鈴の音が響き、私とセルドはもちろん観客全員がその美しさに見惚れています。
しばらくして舞が終わり、村長が舞台に登る。
「今宵は収穫祭にお集まりいただき、ありがとうございます!前回の収穫祭から約12年、長い間お待たせしましたが今回は誰が精霊の果実に選ばれるのか、この場にいる全員に可能性がありますのでご期待ください!」
村長の演説が終わり、あの巫女2人が果実の前で膝を着いて目を閉じ、祈り始めます。
巫女の身体は薄く輝き、頭上に2体の人の頭くらいの身長で背中から羽の生えた、精霊が現れました。
「あれが精霊ですか、ちゃんと見たのは初めてかもしれませんね」
「俺の精霊はあまり表に出ないからな」
セルドの精霊は何度か見かけているのですが私を見つけるとすぐ隠れてしまいます、怖がられているのでしょうか?
「では、始めます!皆さん目を閉じてください!」
村長の一言で全員が目を閉じ、少し期待しつつ私も目を閉じます。
数十秒、いつもより時間が長く感じ、なにか小さい物が私のまぶたをツンツンと突いてきます。
なんでしょうか?と軽く目を開くと目の前には輝く果実を持った2体の精霊がいました。
これをどうぞ、と言わんばかりに果実を差し出してきます。
私は手の平を前に出し、その上に精霊が果実を置いて巫女の元へと戻って行きました。
思わず、数秒フリーズしてしまいました、まさか私が選ばれるとは思っていませんでした。
いや、少しは期待していたのですが。
巫女は精霊が戻ってきた事に気がつき、私の方を見て微笑み、村長も目を開きます。
「おめでとうございます!今回選ばれたのは我らの騎士、セルド様の恋人さんです!」
「なっ!ちがっ!」
慌てるセルドを横目に私はいつから彼の恋人という認識になったのでしょうか、と思いましたが今日一日連れまわしていたのでそのせいでしょう。
周囲の人からおめでとー!と歓声が響きます、これでは果実のことを言っているのか、それともセルドのことを言っているのか分かりません。
巫女達は舞台から降り、私の元へやってきます。
「では、舞台にお上がりください」
私は巫女達に連れられ舞台にあげられます、これからどうすればいいのでしょうか?
巫女達から小さなナイフを渡され、供物台の前に案内される。
「果実の皮を剥き、この場で召し上がりください」
「え、この場でですか!?」
「はい、この場でです」
なぜ皆んなに見られながら食べなければならないのでしょうか、まあ構いませんが…
私は果実にナイフを入れます、皮は厚いが柔らかくするすると剥けて、中からは輝く実が現れます、なかなか綺麗ではありますが、食べるのが少しもったいないくらいですね。
手の平サイズの実を私は口に運びます。
全員がその様子を見守ります、セルドもこちらを凝視してきます、あまり良い気分ではありません。
実を口に入れゆっくりと咀嚼します。
あら、なかなかおいしいで……
『燃える街』
『むせ返るような鉄の香り』
『血の池に沈む人』
『溢れ出る臓物』
『泣き叫ぶ人』
『憎悪に染まる瞳』
『罵倒する誰か』
『許しを乞う人』
脳内にノイズが走る、誰かの記憶、誰かの言葉が頭の中をグルグル回ります。
世界が灰色に染まり、時間が引き延ばされるのが分かります。
止まった世界で私は周りを見渡します、いったいなにが起こっているのか全く分かりません。
私が混乱している中1人、こちらに向かって女性が歩いてきます、その人物は私と瓜二つでした。
ただ違う点があるとすれば、髪が黒く、瞳はすべてに疲れているような目をしていました。
「あなたは…」
私に気づいた彼女は驚いたような目で私を見つめ、そしてセルドの方にチラリと視線を向けました。
彼女は蹲り、涙を流し何かを呟き始めました。
『ーーーーー』
彼女の言葉は私には届きません、ですが何かに謝っているような、そんな気がしました。
「大丈夫ですか?」
「お気分が悪い様でしたらすぐに治療を」
ハッと気がつくと周囲の時間は動き出していました。
少しの間呆然としてしまい、巫女達や村人の皆さんは心配そうにこちらを見ていました。
「大丈夫か!」
セルドも舞台まで駆け上がって来てくれました。
「ええ、大丈夫です」
そう言って動こうとすると足の力がふっと抜けてしまい、体制を崩しました。
転ぶっ!と反射的に目を瞑りますが、いつまで経っても衝撃が来ません。
ゆっくりと目を開くとセルドが私を受け止めてくれていました。
「大丈夫じゃないだろ、フラフラじゃないか」
「すいません、ありがとう…ござい…ます…」
だんだんと意識が暗くなり、セルドの声が遠くなっていきます。
きっと変な記憶を叩き込まれたせいだ、とりあえず今はセルドに頼る事にしましょう、あ、意識が…
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