Einsam-アインザム-

Leiren Storathijs

Einsam

 月のない夜道。

 背後から殺気を感じた男は、振り向いて刀を振った。

 そこにいた黒装束は、剣をぎりぎりで避けながらナイフを投げた。


 そして男は続けて容易に投げられたナイフを刀で弾く。


「なぁんだ。今のを避けるなんてつまらないなぁ」


 黒装束は夜道のせいで顔は見えず、唯一分かるのは男の声という事だった。黒装束は簡単に弾かれたナイフを見てクスッと笑いながら男を見据え、言葉を続ける。


「僕は君の事を殺せって言われている。そう、暗殺者さ。何でかって? それは依頼者に聞いてくれ。僕は君には一切の恨みは無い。でも仕事なんだ。だから……さっさと死んでくれ……」


 男はただ黙って黒装束に向けて刀を構える。例え声が男だとしても人間かどうかは分からない。決して油断はしてはならないと男は黒装束から来るであろう、殺気に塗れた攻撃に備える。


「やる気マンマンってかい? なら、こっちも遠慮無く君を斬れる……ッ!」


 黒装束はそう言うと地面を思いっきり蹴り飛ばし、男に急接近する。その動きは風を切るが如くの速さで、到底人間がひと踏みで出せる速さでは無かった。

 たったこの初動で男は黒装束が人間では無い。自分と同類の機械だという事を確信する。真正面から急接近してきた黒装束に向かって、男は無駄な回避行動を取らずに、勢いよく黒装束の脳天目掛けて刀を振り下ろす。


「今の動きを見れば大抵の人間は動けずに斬られるってのにッ! 流石は同類か……動体視力がずば抜けてやがる」


 黒装束は急接近により男の首に向かってナイフを振り抜く筈が、全く怯えもしない様子から振り下ろされる刀を空中で身を捻り回避。そのまま男の横を通り過ぎてからターン。振り向いて、男の動きを分析する。


 機械と人間。この世界では二つの人種に分かれており、人間はいつか来る未来の為に、機械はいつ来るか分からない自由の為に。それぞれの目的と意識を持って二つの生命と非生命が存在している。

 しかして、今や人間と機械の立場は逆転しており、機械の自由の時は間近と言われ、機械は人間の支配下から逃れる為に人間を殺し、独自の国を作ろうとしていた。

 その国の名を『Einsam』アインザム。ドイツ語で孤独、孤立を意味し、これは自由意志を持った一人の機械が名付けた、機械にとっての楽園である。

 そして今、この男もアインザムに向かう途中に黒装束に襲われた。


 いつまでも攻撃を避けるだけでは埒が明かない。そう感じた男は次は自分から殺気を出し、黒装束を斬る勢いを醸し出す。


「……。オ前ハ、コッチ、コナイノカ……」


 あからさまに人間では無い無機質な声色で男は黒装束に質問する。

 その質問に黒装束はまたクスッと笑う。


「あぁ、僕は君と同類だが、同志では無いんだよ。僕はあくまでも人間側に就く機械。僕には自由なんてどうでも良い。使い捨てられるまで働くのさ。僕は既に多くの機械を壊している。いつか、君達の言う楽園にも行くつもりさ。大量破壊の為にね……」


 男は黒装束の最後の一言に視覚システムで制御された無機物の眼球を赤く光らせる。楽園の破壊。それは機械の共通意識の中では許されざる言葉だった。今この黒装束を殺さなければ後に続く機械に、既に楽園に到達している機械に危険が及ぶ。

 男はそう判断し、戦闘態勢に入る。


「ナラ、オマエ、殺ス。此処デ、殺スッ!」


 この決意じみた言葉に黒装束は夜道で見えない表情の中で最高の笑顔を作る。機械は自由を求め、仲間に対して危機を感じ、楽園に対して自由を求め、破壊者に対して怒りを覚える。その人間と変わらない確かな感情に。笑みを零さざるを得なかった。

 例え同類の機械でどうしてこうも感情の違いが出るのか。そんな疑問は黒装束に取ってどうでも良い。ただただ、自分に向けられる確かな何かを守る為に働く殺意に応えたい。そう思った。


「僕に楽園なんて見えないんだよ! だから夢から覚まさせてやる。此処で死を持ってなぁ!?」


 お互いの計り知れぬ殺意は、お互い月明かりの無い夜道で姿が見えなくとも、お互いの視線に確かな生命体を感知する。


 そして同時に地面を踏み潰し、目にも追えぬ速さと勢いで男の刀と黒装束のナイフが衝突する。


「「筋肉増強」」


 同時に同じ身体強化システムを発動。

 二人の鍔迫り合いは更に力を増すが、此処で黒装束は身を翻し、男の懐に入ると、思いっきり筋肉増強された脚で男の腹を蹴り上げ、空高く吹き飛ばす。


「死ねええええ!」


 黒装束は高く打ち上げられた男を追う様に高く飛び上がり、落下してくるであろう男に向かってナイフを振りかぶる。


「殺ス!」


 が、男は空中で姿勢を制御。ナイフ振りかぶって真下から飛び上がってくる黒装束に向かって垂直に刀を構えて、突き刺す構えを取る。


 カキーン……。垂直落下する男の刀とそれを受け止めようとする黒装束のナイフは再度衝突。二つの刃物は火花を散らし、一瞬の煌めきを見せる。

 その時だった。金属同士の衝突で起きた火花により煌めく視界で男は確かに黒装束の姿を捉えた。


「見エタッ!!」


 ほんの一秒にも満たないその瞬間。光のない夜道で相手を視界に捉える。機械にとってはこの瞬間は勝負の決まりをも示す。

 男は刀とナイフが衝突した事で再度空中へ軽く弾かれると、確かに視界上に捉えた黒装束に向かって刀を投げ落とす。


「なっ!?」


 黒装束にも男の姿は視界に映っていた。しかしそれを勝機と見るのは、機械の戦闘の処理速度の問題では無い。人間の感情を持った機械の男の特有感覚だった。

 そんな瞬間から追撃が来るとは思って居なかった黒装束は投げ落とされた刀をまともに食らう。刀は黒装束の頭部を貫通した。


「ウオオオォォォ!!!」


 男は黒装束の頭部に貫通した刀を追いかける様に、空中で空を蹴り、落下速度を速めると、伸ばす手は頭部に刺さった刀を掴んだ。

 そしてそれを空中で勢い良く引き抜くと、男は黒装束の身体が地面と打つかる前に、頭部を勢い良く斬り飛ばした。


 ガシャン! 首の無い黒装束は無機質に音を立てて地面に崩れ落ちる。

 同類を破壊した。夢を持たぬ人間に就く機械。説得すれば結果は変わっていたかも知れない。しかしこれによって楽園は守られた。

 男はただ音一つも出さずに倒れる黒装束の残骸を見つめ、安堵と後悔の二つの感情を持ってただただ黙って立ち尽くした。

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