05.13.記念日

 追加の契約もスムーズに行われ、そらの元へと引っ越してきたAzusa来夢らむ

 本来なら第六条により最低でも週に二時間は二人きりの時間を持てるはずなのだが、新たな家具の購入やベランダ経由での通路構築の為に時間を取られ、思うように行かない日々が続いていた。

 その事に特に不満を感じていたのは、来夢らむが転がり込んで来てしまった事で誕生日の思い出になるはずだった機会を逸してしまったAzusaだ。


 「第六条はどうなってるのよっ、私との時間が全然ないじゃない!」


 「Azusaだけじゃない、みんな同じ」


 まあ落ち着けと琴乃ことのが肩を叩く。


 「そうだけど、私は……」


 「……そうだった。Azusaは処女。ささっとお風呂で済ませてくるか? 心配しなくても覗いたりしない」


 「嫌よ、そんなの……」


 「ふむ……、真耶まやはむさ苦しい部屋で済ませた。琴乃ことのも一緒に」


 「うえっ、いきなり三人で?」


 自分には無理だとちょっと引いてしまうAzusa


 「まあ、琴乃ことのさんが押しかけてこなければ進展していなかったでしょうし、結果的にそらと結ばれたのですから問題はありません」


 「あたいなんか無理やりヤられちまったんだぜ? 15ん時だったかな。しかも相手はそらじゃねえし。そらと出来るだけ幸せだろ?」


 「……」


 開き直った態度に返す言葉が見つからない。


 「私は確か16の時だったか……、いや、17だったかもしれない。相手は……」


 来夢らむに至っては思い出せもしないようだ。10年以上前の事と割り切っていいのだろうか……


 「来夢らむさんの相手が誰だろうと関係ないっ、私はちゃんと思い出に残したいのっ! 来夢らむさんみたいにしたくないし」


 「だったらクリスマス・イヴなんてどうだ? もう少し我慢することになるけどよ」


 絵梨菜えりなの提案だ。自分は無理やりだったと言いながらもこんな提案をするのは初恋の相手だという余裕からなのか。


 「あー、そこはダメだ。私の誕生日だからな」


 「第七条、誕生日の嫁はそらを独り占め。Azusaが第一号だった」


 ディズニーシーで過ごした一日だ。本来ならその夜に済ませているはずだったのだが、よりによってそれを邪魔した張本人に又もや阻まれてしまう。


 「なんて日に生まれてるのよ、来夢らむさん……」


 「あたいは元旦だかんな。年明け一発目はあたいが貰う!」


 先程の余裕はここから来ているのかもしれない。毎年、年の始めにそらを独占できるのだ。


 「琴乃ことのは9月9日」


 「えっ? 七夕だって言ってませんでしたっけ? 三人揃って七夕なんだって喜んでたじゃないですか」


 「それは……」


 一緒に暮らし始めた頃、確かにそんな事があったのだが、すっかり忘れてしまっていた琴乃ことのは本当の誕生日を暴露してしまった。


 「嘘だったんですね?」


 可愛い嘘に本気で怒っているようだ。


 「うう……」


 「琴乃ことのを責めないで、真耶まや。あの雰囲気だと同じだって言いたくなる気持ちはわからなくもないでしょ?」


 「それは……、そうですけど……。そうですね、織姫は私だけだったのですから寧ろ喜ぶべきことなのですね。ね~彦星様♪」


 「何それ、誕生日一緒とか羨ましすぎるし。琴乃ことのさんの気持ちがわかる気がするわ。私もせめて特別な日にしたいんだけど……」


 「成人の日、大人になった思い出に」


 琴乃ことのの提案なのだが、Azusaはまだ17だ。


 「成人はまだ先だし、毎年同じ日じゃないから微妙だし」


 「なら建国記念の日、2月11日で毎年同じ。それに、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみがエッチして日本列島を造った日、丁度いい」


 「いろいろ違うからね、琴乃ことの


 そんな日を祝日にされて堪るものか。


 「ああ、神武天皇の即位日だな。習わなかったか?」


 「知ってる来夢らむが異常、そもそも理系には無用。でも即位日なんて詰まらない。少し待って2月14日にするといい。チョコの代わりに操をあげる」


 「斎藤さいとうさんがバレンタインデーだって言ってたかな」


 そらも知らなかった情報が絵梨菜えりなからもたらされる。


 「残念、先約が居た。……となると、3月14日」


 「ずっとさ先じゃない……」


 「じゃあそこでしてくるか?」


 「何なら動画に残してやろうか?」


 「しないわよっ!!」


 「まあまあ、通路が完成すれば落ち着くから。そしたらちゃんと二人の時間もつくれるんじゃないかな……」



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「ねえ、Azusa、最近なんだか積極的だね。前は事業中に居眠りしてたぐらいなのに」


 「まあね。大学行くことにしたんだ。玲美れみと同じ大学」


 「同じって……」


 「あずっちじゃ無理だろ。今更内申稼いだ所で遅いんじゃないのか?」


 「大丈夫よ。今そらさんにみてもらってるの。琴乃ことのさんと真耶まやさんも同じ大学だし、心強いわよね、実際に合格してる人たちに教えてもらえるのって」


 「えっ、あの最低男、意外と頭いいんだ」


 「私の旦那なんだけど?」


 「今からでも遅くないから止めなって。こっちの世界にもどっておいでよ」


 「いいな……」


 美鈴みずずが今更ながら説得しようとする中、玲美れみがぽつりと呟いた。


 「玲美れみ? まさか玲美れみまで?」


 「えっ、違うの。そういう事じゃなくて、Azusaの言った通り、実際にその大学に合格した人に教えてもらえるのって凄くいいなって……」


 羨望の眼差しがAzusaに突き刺さる。


 「じゃ、じゃあ……、うち来る?」


 「いいの?」


 「も、勿論」


 そんな目で見られたら断れない。


 「まった、今うちって言わなかったか? Azusa


 「そうだけど。一緒に暮らしてるから」


 「「一緒にっ!!!」」


 「えっ……」


 結局、玲美れみだけでは心配だからと美鈴みずずまでもが着いてくることになり、Azusaの割当時間は勉強時間へと充てられる事になってしまうのだった。

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