01.11.朝帰り

 「まさかそらがいきなり朝帰りとはね♪ 楽しみだなっ、は・つ・ま・ご♪ そうかそうか~、雪子ゆきこと親戚になるのか~」


 雪子ゆきこというのはそらを置き去りにした雪村ゆきむら 深雪みゆきの母の事であり、そらの母とは高校時代の同級生なのだ。

 二人で仕組んだ見合い作戦が功を奏し、いきなり朝帰りするような関係にまで進展したのかと勘違いして喜んでいる母だったのだが……


 「違うから」


 「えっ、違うの? 照れ隠しとか?」


 「あの人とは何も無かったし、勉強見る件も頼まれなかったよ」


 「そうなんだ……。夜遊びしてただけ?」


 「まあ……、そんなとこ。昨日もそうだったでしょ?」


 そらの一言で現実に引き戻される。


    ゆいさんがどう思ってるのかまだわからないし

    母さんに変な期待させるのもな……

    だからゆいさんと逢ってたなんて言えないかな……


 「そういえばそうだったわね。深雪みゆきちゃんの事、気に入らなかったの?」


 「向こうもそうなんじゃないかな。あの後碌に会話も無かったから」


    置き去りにされたってのは黙っておいてあげるよ

    母親同士は仲がいいみたいだし


 「そう……、残念だたわね。でも諦めちゃだめよっ! いい人見つけたら紹介してあげるから」


 「余計な事しなくていいよ」


 「そうだよ、お母さん。お兄ちゃんには私がいればいいの。お嫁さんなんていなくたってご飯のお世話ぐらい私がしてあげるよ。ね~、お兄ちゃん♪」


 どこから聞いていたのか、そう言ってそらに抱きついてきたのは8歳離れた妹の真琴まことだった。


 「そういうわけにはいかないのよ、真琴まことそらにはちゃんとお嫁さんを貰って子供つくってもらわないとね」


 「赤ちゃんだったら私が産んであげる! ねっ、お兄ちゃん、それならいいでしょ?」


 「三親等以内は結婚できないんだよ。習わなかったのか? 学校遅刻するぞ」


 「そうだった、行ってきまーす」


 最後に思いっきりそらを抱きしめてから登校する真琴まこと


 「夕方また出かけるから。少し寝るね」


 「またなの?」


 「いいでしょ、子供じゃないんだから」



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「また朝帰りか」


 「別にいいでしょ、子供じゃあるまいし」


    なんでいるのよ……

    気分が台無しじゃない


 朝までそらとの情事に夢中になていたゆい。そんなゆいを待っていたのは身支度を整えた父だった。


 「その通りだな。もういい歳なんだ、身を固めることを考えてもいいんじゃないのか? こうしてよそ様の結婚式に出席するばかりの親の気持ちもわからなくはないだろう」


    そっか……

    今日は出かけるって言ってたんだった!

    明日の昼過ぎまで帰ってこないんだった!!

    呼んじゃおっかな、そら


 普段ならまだ寝ているはずの父なのだが、この日は遠方の親戚の結婚式に出かけることになっていたのだ。遠方ゆえに今日は泊まり、そして幸運にもゆいが明日非番なのだ。


    そらを連れ込めば♪


 「リビングに見合い相手の資料を置いておいた。目を通しておきなさい」


 「はあ? 勝手な事しないでよ。見合いなんてしないわよ、私」


 「私から頼み込んで漸く受けてもらった見合いだ。恥をかかせるんじゃないぞ」


 「だからって――」


 「ゆい、会うだけでもいいから。ね?」


 「お母さんまで……」


 「隣の佐々木さんのところ、お孫さんが生まれるみたいなの。私も早く孫を抱いてみたいのよね」


 「そんなの……」


    その気になればそらの子供ぐらい……


 先程までの情事を思い浮かべるゆいだったのだが、


    シングルマザーになっちゃうかも……


 と、我に返るのだった。さきの言葉は気になっていたが、いざ訊こうとなるとあれこれと不安も沸き起こり、自分のことをどう思っているのかなどと訊くことができなかったのだ。


 「兎に角、見合い結婚なんて嫌よ。恋愛結婚しかしないんだから」


 出かける両親を見送ることもなくそそくさと部屋へと立ち去るゆい。リビングに置かれているという見合い相手など確認するわけもなく、そのままそらを呼びつけるのだった。


 「あっ、そら? 今日はうちに来ない?」


 『えっ、うちって……、ゆいさんのお宅ってことですよね』


 「そうよ。今すぐでもいいんだけど今日も仕事だからね。それに色々と準備もあるし……、18時でどう? 一緒にご飯食べましょ♪」


    部屋を掃除してぇ、

    お風呂も掃除してぇ、

    体の隅々まで磨きをかけておかないとっ!


 『18時ですか……、わかりました』


 「じゃあ、後で住所送るから直接来られるわよね」


 「はい……」


 「まってるわね、そら


 電話を終えると早速準備に取り掛かる。


 「緊張してたのかな、そら。異性の部屋に入るのは初めてなんだろうな~。あ~、可愛い~」


 などと、全く寝ていないというのに今夜の重要アイテムとなるベッド周りや風呂を念入りに掃除し、そのまま上機嫌で出勤していったのだった。



    ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆



 「おっはよ~、さき


 「朝からテンション高いね。その感じだとそらくんからいい返事貰えたの?」


 「いや~、それはまだ訊けてないんだけど……。でも今夜は両親が居ないの! そして明日は非番なの!!」


 「それはそれは……。でもいい? ちゃんと訊くんだよ。9月になったら帰っちゃうんだよね、そらくん。あと三日しかないからね?」


 「そっか……、頑張ってみるよ……」


    とはいってもな……

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