付き合う条件
@chauchau
胸焼けする
「俺と付き合ってください!」
震える手を差し出した。
高校受験の時だって、担任に呼び出された時だって、初めてパソコンでエロサイトを見た時だって、ここまで緊張はしなかった。
本当は数秒間の間が、数時間にも感じてしまう。
「うん、良いよ。……でも」
彼女の言葉に世界が踊、りかけて固まった。
でも?
「ひとつ、条件があるの」
※※※
「お疲れさん」
おはよう、ではなく、お疲れ。
悪友の朝の挨拶に答えることも出来ずに俺は自分の机に倒れこんだ。
「毎日毎日よくやるな」
このまま閉じてしまいたい瞼をこじ開けて、かばんから厚手のタオルと消臭スプレーを取り出した。
遅刻ギリギリでもないのに真冬に朝から汗だくで登校する俺は何をしているんだろう。
いや、分かってる。分かってるんだ。
付き合うために彼女が出した条件は、
「登下校は向こうが自転車、お前はダッシュとか何回聞いても笑える」
「うるせぇ……!」
手を叩いて喜ぶこいつに血も涙もありはしない。だからと言って、言い返せば彼女持ちが生意気言うなと血の涙を流しやがる。
田舎にあるうちの高校はあまり便がよろしくない。最寄り駅という概念が存在しないので生徒は基本徒歩か自転車。三年生からはバイク通学が認められている。
俺の家からは歩いて三十分くらい。当たり前だが最初は自転車通学一択だった。
その当たり前が変わってしまったのは、彼女と付き合いだしてから、彼女が出した謎の条件を守るため泣く泣く俺は便利な道具を手放したんだ。
これでまだ登下校の時間をゆっくり二人で歩きたいからという理由なら喜んで一時間でも二時間でも歩くのだが、彼女は自転車のままなのだ。しかも、乗る。
自転車で走る彼女と一緒に行くためには走るしかなく、朝から汗だく高校生のいっちょあがりというわけである。
「嫌われてるのかな」
ないと思いたい。でも、悪い方向に考えてしまう。
「おめでとう」
「ぶん殴るぞ」
「嫌われてはないだろ、付き合ってるんだから」
「登下校があれだぞ」
「おう」
「昼飯も結局お前と食ってるし」
「おう」
「クラスも違うから休み時間もあんまり話せてないし」
「あれ? 付き合ってないんじゃないか?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「お前から言い出したくせに」
信じろという言葉だけで乗り切れるほど、俺は俺に自信がない。
まぁ、目の前の悪友は信じろとか言ってないんだが。
ホームルームのチャイムと同時に入ってくる担任のおかけで強制的に考えることを止められた。
※※※
「聞いても良い感じ?」
「え?」
「あの条件の理由」
偶々廊下ですれ違ったあいつの彼女。
普段は友達と二、三人で行動している彼女が一人だったこともあって、ちょうど良いと話しかけた。
あいつの友達であることは不本意ながら知られているわけで、他クラスの男子が話しかけても笑顔で対応してくれたことは好感度高いね、しかし。
話してみれば思っていた以上に普通の女子だったから。
踏み込んで聞いてみたら、固まった。
聞いてしまったものは仕方ないので、答えてくれるまで待つことにする。
「……は、恥ずかしい、から」
「恥ずかしい?」
「…………」
恥ずかしい。恥ずかしい? はて、恥ずかしいとは何ぞや。
「確かにあいつと二人で歩くとか恥ずかしいことこの上ない」
「え? ……ちがっ! 違うよ!? そういう意味じゃなくて!!」
「ごめん、冗談。冗談です」
そこまで食い気味にならないでください。女子に耐性ないんです。ドキドキしちゃうんです。ああ、彼女ほしい。
「か、カッコいいから」
中学での俺の国語の成績は五段階評価で五である。隠された主語を読みとくなんて実に簡単で今回は、彼女の彼氏。つまりは、あいつのことである。
カッコいい。
「……見る、角度によっては……?」
「一緒に登下校するなんて考えただけでも顔がニヤけるから! めちゃくちゃブサイクになるから!」
「その顔を見られたくないから、あいつは自転車禁止と」
「私の方が前に居れば見られないと思って……」
すでに聞いたことを後悔しているが、毒を食らわば皿までと言うので。
「昼飯一緒に食べないのは?」
「お母さんに習ってお弁当作りしてるんだけど、まだ見せられるようなものが……」
「休み時間に会わないのは?」
「と、友達と盛り上がってそのまま……」
あ。そこは普通なのね。
※※※
「はぁ……」
「幸せが逃げるぞ」
今日もこの馬鹿は俺と飯を食う。
彼女のお弁当作りはまだまだ難航中の模様だ。
「フラれたらどうしよう……」
まさしく杞憂に悩む友人に。
「おめでとう」
今日も俺は恨みを込めて呪詛を吐く。
付き合う条件 @chauchau
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