疾走する女子大生

洋紅色

疾走する女子大生

「……間に合うかな?」


そう自問自答しながら足を緩めずに呼吸も乱れないように注意をする。

私は現在走っている。

腕時計に目を向けると残り10分となる時刻まで針が動いている。


高校は運動部だったが、大学は気楽にしたいと思い文芸サークルに入ったので運動からはそれなりの期間離れている。

体力と筋力が共に不安だったけれど、そんな事を言っていられない。

明日の筋肉痛の事は明日の私に丸投げしてでも間に合わせなければならない事がある!



人間走るという事をする時には何かしら理由がある。


例えば、久しぶりの恋人に少しでも早く触れ合う為

例えば、道端で顔に傷がある人にぶつかった時

例えば、青春の激情を押さえられずどうしようもなくなった時

例えば、自分の身代わりに磔にされた友人を助ける時



私の場合にあるのは、焦燥感だ。

高校の部活引退後から運動をしなくなったブランクで削られても、未だ残っている筋力をフル稼働して走っている。


大学生2年生の8月、前期の必修科目の試験の日なのに寝過ごしてしまったのが原因だ。

大学の試験スケジュールは高校までと異なり、履修を個人で選択するので人によって異なる。

また、担当教授の都合で試験日がずれる事も稀に起こるのだけど、今回のそもそもの原因はこの稀な事象が起こった事にある。


私が受験した科目の一つが教授の都合で大学の用意している試験予定日以降になった。

つまり、他の多くの学生は試験が終わって夏休みモードであり、私が入っているサークルでも試験お疲れ会が行われた。

…………に。


勉強せずに知識活用でなんとかなりそうなので勉強する気はなかったが、大学生の打ち上げである。

アルコールが入った上で朝までコースになるのでお断りしたのだが、バイト帰りにサークル先輩の強権を用いられ拉致られた。

念のために設定した携帯のアラームは煩かったから止めたとか言われた時は殺意を覚えたが、そんな事よりも何とか間に合わせねばならず現在に至る。



必修単位を落とせば進級できないので無駄な学費が発生する。

実家通いで生活費はかなり少なくできても学費はバイト何ヵ月分になるのか考えるのも恐ろしい!



そんな状況があり地元を疾走する女子大生がいる。

他人の家からなのでバイト帰りのスカート姿で走り難いのが難点である。

普段ならスカートの下が見えないように動く際に気にするが、そんな事を気にしている余裕はない!

他の学生の乗り物を拝借しようとしたが、全員徒歩あるいは公共交通機関だと聞いた時は絶望した。


あいつら、絶対今度何か奢らせる!


そう心で悪態をつきながら走る足は止めない。

何度か信号で捕まったが足は絶対に止めてはいけない。

これまでの経験上動き続けている方が楽なのだ。


腕時計を見ると残り5分!

この信号を超えれば大学の門を潜る事ができる。

今回の試験会場は比較的手前の校舎の2階なので、まだ間に合う可能性は消えていない。


青だった進行方向と異なる歩行者の用の信号が点滅してきたので、自動車用の信号機に目を向けて信号が青になる初動を少しでも早く捉えようとする。

同時に頭の中では、教室に飛び込むまでのルートをシュミレートする。

秒単位でもロスが無いように走りやすいルートを頭の中のマップに走らせる。


自動車用の右折信号が消えた!

直ぐに青に切り替わると思うけど、飛び込んでくる右折車両が見えないのでフライングダッシュを決め込む!

罰則がない交通違反と数十万の追加発生する学費、後者のリスクを優先するのは当然の選択だ。

対岸で信号待ちをしている歩行者が、規則を守らない私に対して鼻白むような顔をしたが構わず更に加速する。



これまでは、大学まで体力をもたせるように全力を出さないようセーブしていたが、ここからは後の事を考えずに全力で走り抜ける。


喉がひり付くような痛みを感じてきたのはブランクで体が弱っているからだろう。

痛みに目を細めながらも意識を肺と足に集中する事で喉の辛さから逃がす。


ルート検索から強制的に減速されやすいポイントは二か所と認識。

校舎へ入る時のガラス扉と階段である。

スムーズに行っても減速になりやすく、それはその後の加速が辛くなる事でもあるので事前に意識しておく事で覚悟を決める。


校門をくぐるとこれまでの地面を蹴るような走り方から足を持ち上げる走り方に変える。

足を持ち上げる走りは、速度は上がるが疲れやすくなるため使うなら校門からだと決めていた。



サークルや部活帰りだろうか?

校門に向かって歩いている学生が目に付き明らかに普通の私服なのに全力ダッシュを決めている女に引いたような雰囲気を醸し出す。

逆の立場なら間違いなく同じ反応をしただろうから彼らを責められない……


パシャ


あれ? 今シャッター音しなかった!?

今の自分の恰好想像すらしたくないんだけど!?

ちょ、SNSはやめてマジデ!!


足を止めて訴えたいところだけれども、そんな余裕があれば現在の状況は発生していない。

心で涙し、その気持ちを燃料に更に加速する!

これで間に合わなかったらまさに踏んだり蹴ったりだ。

それだけは何としても阻止!!



幸いにも校舎の入り口には誰もいないので勢いそのままに体当たりする。

体の体重と勢いを利用してドアを動かす。

いつも扉を押すのがメンドイと思っていたが、今の状況ならば横開きの自動ドアでなくて助かったと感じる。


ダンッ!


そんな音を響かせながら校舎の中に雪崩込むが右足で強く床を踏みしめて、勢いを殺さないように階段を目指す。

同時に腕時計に目を流すと残り2分を示している。


階段に目を走らせると、駄弁っている学生がいたが目の前から特攻してくるイカレタ女にビビったのかすぐさま道を開けてくれる!


走り抜け様に礼をいいながら、階段を2段飛ばしで駆け抜ける。

階段の終わり際に手すりに手を掛け、少しでも加速のエネルギーを足す。

教室は目の前!

後は飛び込むのみ!!


その思いのままに空いている教室に飛び込んだ!



ゼェッ……ゼェッ……


もう時間スレスレだが周囲を確認するよりも自分の呼吸の方がヤバイ。

目の前も少し霞んで来て、かなりヤバい状況なので壁に持たれて呼吸を整える。

恐らく周囲は騒然としているのだろうが、自分の呼吸音と心音が煩く耳もまともに機能していない。

ここで少しもたついても、取り合えず間に合ってさえいれば試験は受けさせてくれるだろう。


数分だろうか、少しづつ呼吸と心音が落ち着いてくる。

頭からも少しづつ熱が引いてくるような感覚があり瞳が映している情景を少しづつ認識できるようになってきた。

取り合えず目に意識を集中してみると


誰もいない………………?

ぇ? まさか教室間違えた!?



背筋に冷たい物を感じながら、前面のホワイトボードに目を向けると


『申し訳ありません、トラブルで飛行機が飛ばなくなりました。

これ以上は予定が立たないと思うので試験ではなくレポートに切り替えます。

内容は後日メールします。


本日早朝に教授より連絡がありました 。

原文のまま記しています。

by 教務課』


……

…………


フッッッッッッッザケンナ!!!!!!!!!!




後日、夏休みの間に女の絶叫が響き渡ったと学生間で話題になった。

同日にスカート姿で全力疾走した女を撮った画像もあったらしいが、気迫に圧倒されたせいかブレブレの写真だったらしい。


きっと、私と同じ状況になった学生がいたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

疾走する女子大生 洋紅色 @yksyk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ