砂糖とトロッコ

シジョウハムロ

砂糖とトロッコ

走る、走る、トロッコが、ひた走る。


新月の下を、ひた走る。


きいこ、きいこと、手で漕ぐ音、ただそれだけが、闇の中へと溶けてゆく。


ブレーキをかけ、息を潜め、目を逃れるように、其処へ駆け込む。


誰にも見られていないか。嗚呼、当然だ。お前たち、気を抜くな。


兎に角急いでおさらばしよう、時間をかけちゃあいられない。


これじゃあない、嗚呼、これでもない、そうだ、これだ、これだ。


白い砂粒、ぺろりと舐めれば、甘い味がする。


目の前にうず高く積み上げられた袋の山、軍に徴発されていった、砂糖の山だ。


こんなに沢山あったのか、どれほど遠くから集めたのか、いやいや気にする暇などない。


あれも、これも、みんな根こそぎ持っていかれた。少しくらいは返してもらって良いだろう。


何よりこんな宝の山、見逃すなんてとんでもない。


それ運べ、やれ運べ、されども決して見つかるな。


見つかれば最期、みんな仲良くお陀仏だ。


恐ろしや、嗚呼、恐ろしや、軍人は鉄砲を持っている。


物盗りが命を取っていかれる。そんなの笑い話にもなりやしない。


トロッコにはもう積めないか、もう一袋はいけないか。


いやいや駄目だよ欲張りは、命あっての物種だ。


それ乗れ、やれ乗れ、みんな乗れ、そろそろ誰かがやってくる。


陰から飛び出し、トロッコへ、息ならとっくに潜めてる。


きいこ、きいこと、手で漕ぐ音と、不穏な音がやってくる。


ジープの音だ! おまえ、へまをしただろう。そんなわけあるか、見回りさ。


走る、走る、トロッコが、ひた走る、言い合う暇などあり得ない。


ジープは未だ気づいていない、誰も彼もが命懸け。


フェンスの隙間を潜り抜け、泥棒達が、ひた走る。


罪悪感も、高揚感も、新月の闇が覆い隠す。


+++++++


 ゴツン、と拳骨が落とされる。


「なんて馬鹿なことをしていたんだお前たちは!!」


「ごめんなさーい……」


 怒られた。まあ、当然だ。

 占領軍の基地にある倉庫から砂糖を盗み出す、なんて危険なことをして怒られないわけがない。


「その場で撃ち殺されていてもおかしくなかったんだぞ!!」


 見つかれば射殺されかねない。それでもやる人が絶えないのは、そうしないと生きていけない人が沢山いるからだ。

 私は一応、「生きていける」方の人間ではある、でもそれがいつまで続くか分からないし、自分の小遣いぐらいは自分で稼ごうと思った。と言い訳をしたのだが……。


「餓鬼がいっちょ前にそんな心配するんじゃない!」


 また拳骨を落とされる。堪らず押さえると、一度目に叩かれた場所には既にたんこぶができていた。


 ちなみに持ってきた砂糖は母がしっかりと隠すようにしまっていた。ちゃっかりしているというか、なんというか……。

 それならちょっとくらい庇ってくれてもいいじゃないかと思うが、帰ってきたときの、あの心配そうな顔を思い出すと文句も言えない。


 その後は、駆け付けた友人の親たちとの間で謝罪合戦が始まり、かと思えばその矛先が私たちに向かってきて謝られたり叱られたり、そしてまた話が振り出しに戻り……。


 結局のところ、私と友人たちはその後昼ごはんの時間になるまで長々とこっぴどく叱られたわけだ。

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