駆け抜けろ、私の想い(それはそれとして冷静になる事も必要です)

熊坂藤茉

やはりこの世は明日は我が身

 走る。走る。ひた走る。

 残り時間は後わずか。駆け抜けなければ後悔すると、分かり切ってる状況だ。だから、ただひたすらに駆けている。


「間に合え――間に合って…………っ!」


 もう心身は限界だ。走り続ける私の瞳は、どれだけ虚無を映しただろう。

 頑張って頑張って頑張って、それでも代わり映えのない光景が続いてて、どうして心が折れずにいるのか我が事ながら不思議でならない。


 周囲のとっくに辿り着いている。ゴールはずっと示されているのに、私だけが取り残された。ぽつんと一人で走り続けるのも、もうやめてしまっていいかもしれない。


「……よくない。よかったらそもそも、こんな風になんてなってない――!」


 ぎり、と奥歯を噛み締め走り続ける。後悔するって分かっているのだ。走り切れないで終わる可能性だって何度も脳裏をよぎっているし、寧ろこの数週間は常駐してる。

 それでも、自分から諦めてしまったら「あの時諦めずに頑張ってたら」という気持ちが、ずっと頭から離れなくなってしまう。こんな感情に居座られるなんざ、私は真っ平ごめんなのだ。

 だからこれは自己満足で、自分の為の悪足掻わるあがき。そもそも走り始めた理由が理由なのだから、それ以外である筈がない。


「…………あ、あぁ――――!」


 走り続けていた私の脳が、突然ぴたりと思考を止める。

 今見た物は何だ。今見えた物は何だった。冷静になれ目をこらせ、見間違いを疑って現実を見ろ――!


「――あ、あぁああああああああああああ!!!!! 終わった、終わったぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 何度もそれを確認し、間違いでない事を確かめて、遂に私は叫びを上げる。ああ――やっと、やっと私は――


「やっほー会長。推し実装期間限定イベントの最終ポイント報酬取れるラインまでいけた?」

「こちとら今マジ泣きしとんじゃ空気読めお前ぇええええええええええ!!!!!!!!!!」


 ――やっと私は、開幕からエンドレスダッシュし続けていたソーシャルゲームイベントから解き放たれたのであった。



* * * * * * * * * *



 伝奇小説同好会。私のいるこの場所は、大学の複数あるサークル棟の中でも特に古い一室だ。今はそこで会長を務めているのだが、書類仕事だ顧問への連絡だで、案外コレが忙しい。

 それでもここは、勉学や就職活動に励む場となっている大学内で唯一――ではないけど、結構な上位に入る憩いの場だ。ちなみに他上位は食堂棟のカフェテリアと図書棟のメディア鑑賞室なので、分かりやすいにも程がある。


「いやー、会長微課金勢だからどうすんのかなって心配だったんすよね。鬼気迫る様子がマジパネェヤバさだって教授達がドン引きしてたとか噂になってたし」

 目の前の相手――同輩の会員氏が、すとんと向かいに腰掛けながらそんなとんでもない情報を口にした。

「やだ……ゼミの提出物回収で明日講義出るのに恥ずかしい……」

 思わず両手で顔を覆う。講義中に効率よくイベント走る方法延々考えてたのが(思考内容はともかくとして)周囲にバレバレだったなんて!

「凄い顔しながらイベント大疾走してたのに提出物ちゃんとやってる辺り、会長めちゃめちゃ偉いっすよね」

「まあそこは会長なので」

 私の評判が下がるとサークル室ここの維持に影響出かねないんだから、そりゃ全力ですってば。イベントも全力だったから今ちょっと瀕死だけど。

「でも今回ホントにどうなるかと思いましたよ。だってポイント報酬式とはいえ桁数が桁数っすよ?」

「それねぇー……」


 私が走り続けていた物。それは推しソーシャルゲームで、スピンオフ作品出身の推しが遂に実装された髪の如きイベント。その最上級フリークエストだ。

 フリークエストならやらなくてもいいのでは? という訳にはいかない。何せ推しはイベント配布としての実装なのだ。このクエストのドロップ素材でショップ交換の素材を手に入れなければ、上限解放が出来ない。そしてクリア時に付与されるポイントを集めなければ別枠の報酬――実装された推しそのものの確保が出来ないのだ。


 そう。それはつまり、最終報酬でしれっと設定されたレベルをカンストさせるのとは別に保存用として愛でる推しもう1セット分が手に入らないという事だ――!


「でもぶっちゃけ最終ポイント報酬8桁にしてあるの、ほぼほぼネタって言うか低確率でドロップする稀少通常素材目当てにぶん回した廃レベルユーザー向けのおまけパートって言うか」

「言わないで! 私もそれは正直めっちゃ思ったけど言わないで!?」


 そうだよ推し一人育てるだけならポイント五桁半ばまで走れば普通にコンプ出来たもん! 二人目欲しいなとか思わなきゃいつもとほぼ変わらない難度でしたよええ完全自己都合です本当にありがとうございました!


「ていうか君の方はどうだったのよ。確かシナリオの方でそっちの推しも出てたけど」

「高レアと特効メンバーと装備ベタ張りした上でポチ数極限まで減らして石買ったり石割ったり石で回したりして後半パートのフリクエ解禁される前にゴリ押した」

「これだからやり込み系廃課金勢は……!」


 おのれプレイスタイルの決定的な差。時間の使い方の違いもあるとはいえ、流石にちょっと心に来ちゃう。やはり非課税不労所得で5000兆円くらい欲しい。それで運営母体の株とか買う。


「ま、取り敢えず当面は育成キャンペーン期間になるって話ですし、会長もここらで少しのんびりしましょうって」

「そうね……〝私は〟少しのんびりしようと思う。〝私は〟」

「うん?」


 首を傾げる相手に対し、その手中のタブレットに表示されている「ログイン勢なんすよね」と口にしていた別ソシャゲのアイコンをタップする。

どういう事かとホーム画面に遷移した目の前の同輩は。


「……マジで?」

「大マジ」

「マジかぁ~……」


 そう呟いて、べちゃりとテーブルに突っ伏した。手元に表示されたホーム画面には、常日頃愛読書と言ってはばからない伝奇小説とのコラボが決まり、それが特効系バフなしの純粋なポイントでのランキング方式による報酬獲得だという告知が書かれている。ちなみに私は読んでない作品かつ触ってないゲームなので、今回は完全に対岸の火事だ。


「ログイン勢で育成は程々しかやってないって言ってたし、そもそもランキング形式は馴染みなかったよね。イベント期間のフルマラソン、ふぁいとだよ」

「あぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」



 おーおー、叫べ叫べ。そんで札束で殴れる部分は殴っておけ。

 私の次に走るのは、他ならぬ君なんだから。

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駆け抜けろ、私の想い(それはそれとして冷静になる事も必要です) 熊坂藤茉 @tohma_k

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