指輪物語 〜彼が結婚指輪を外した日〜

あかりんりん

〜彼が結婚指輪を外した日〜

私の友人である彼が「結婚指輪を外した日」について説明する前に、彼が八年間共にした「妻へ宛てた手紙」を説明する必要がある。


だが、その手紙を紹介する前に、その友人の事を説明する必要がある。


その友人を以下「彼」と呼ぶことにする。


彼の幼い頃は大人しく、人前に出るのも苦手だった。

幼稚園のお遊戯会の時に、シンバル担当であったが、そのシンバルの大きい音を自分で鳴らして自分で泣いてしまうぐらい臆病だった。

その臆病だった性格が、ある年を境に、変貌する。


それは小学五年生の頃、良い意味でテキトーな先生と出会ってからだ。

今思えば問題教師だと思う。


その先生は僕らにプロレス技をかけたり、ロリコンでもあったと思うし、大人になって居酒屋で出会う事もあったが、既婚者なのに飲み屋のお姉さんを二人も連れて口説いていたりと。


でも、そんな問題教師が、小学生の彼に「人前に出る事の楽しさ」を教えてくれたのだ。

当時太っていた彼は、お腹のお肉が何段にもなっていた。

それを「ハラギター(腹の肉でギターを奏でている様子)」と名付け、一躍クラスの人気者になった。


また、クラスの中で「誰と隣の席になりたい」などのアンケート(これも今ではイジメに繋がるしダメだと思うが)でも、イケメンのスポーツが出来る男子に次いで彼は2位であった。


それから「人前に出る事の楽しさ」を知って開花した彼は、中学、高校に行っても人前に出るキャラを演じ続けた。


もちろん彼はそのキャラを好きでやっていた。


高校の時に、ある女性教師と廊下ですれ違った際に

「生徒会長が1人立候補。副会長が1人立候補。出来レースになっちゃうから、あんたら副会長でも良いから立候補しんさいや」

と急で思いつきな難題を言われたが、彼は

「良いっすよ」

と即答したのだった。

そしてその時に一緒にいた別の友人もすぐに引き受けたのである。


そして副会長の立候補が3人となった演説の日。


彼はいつになく真面目な顔をして言った。

「さすがに、ここではふざけるなよ」

だが、彼の推薦者はその言葉を前フリだと勘違いし、

「みなさん、こんにちは!」

と言いながら頭を下げた瞬間、頭をマイクにぶつけるという、しょうもないギャグをブチかましたのだ。


会場は笑いに包まれたまま、彼の演説の番となった。

迷ったあげく、彼も

「みなさん、こんにちは!」

と言いながら頭を勢いよくマイクにぶつけた。

会場はそこそこ盛り上がったが、後日聞いた噂では、校長が怒っており、上級生の中にも彼のアンチがたくさん生まれたということだ。


結局、投票の結果、彼は僅差で2位の結果になり、副会長の座は渡したが、生徒会へ入れることになった。


しかし、

「あんたら立候補しんさいや」

と思い付きで勧めた女性教師から

「元々立候補してた子が3位になっちゃって、あの子は部活も辞めたし成績も良くないから、自己アピール欄が薄いので、生徒会は譲ってあげてくれない?あなたは部活のキャプテンだし成績も上位で、検定資格も取ってるし」

と言われ、さすがに怒っても良いのでは?

と思ったが、彼は

「良いっすよ」

と即答し、特に何も気にしていないようだった。


むしろ、人前に出てアンチは増えたものの、ファンが増えた事に喜びを感じているようだった。


そんな彼は社会人になってからも同じように人前に出続けた。


そして彼の友人から、彼はある女性を紹介された。

それが今の彼の妻だ。


20人ほどの海辺のBBQに呼ばれた彼は、知り合いはほとんどおらず、いわゆるアウェーであった。


さらに運の悪い事に、小雨が降り出した。


それでBBQどころではなくなり、橋の下で雨宿りすることになったが、全体の雰囲気が悪くなってしまった。


そうしたら、突然彼が、何を思ったのか

「バレーしようや!」

と勢いよく言い、数人を雨の中に無理やり引っ張り出した。


半分の人は呆れていたが、今の妻である女性は彼に心惹かれた。

「あの人は(アウェーなのに)盛り上げようとしてくれている。私も協力しなければ!」


当時のこの出来事を彼に聞くが、全く覚えていないようで、笑いながら

「ただ自分が楽しもうとしただけやろね(笑)」

と笑って言っていた。


それからその二人は何十回か遊んだ後に、妻が彼に思い切って告白した。


その時に、彼はとんでもない事を言った。


「おっしゃ!彼女できたでよ!ラッキー!」


それを聞いた妻は

(アレ?この人まさかアホ?失敗したかも・・・)

と内心思ったが、交際スタートわずか4ヶ月で結婚した。


その後、妻の要望でオーストラリアで挙式を挙げ、ハネムーンベイビーを翌年に産んだ。


幸せいっぱいに見える彼の人生だが、妻が告白した時の「アレ?」という違和感がずっと続いていた。


その後も、3人の子供に恵まれるが、妻が彼に対する違和感は消えなかった。


それは、彼が人よりズレているが、ズレていることに彼本人が気がついていないからだ。


それを、結婚八年目にしてようやく少し気がつき、冒頭に紹介した手紙(反省文)を書くことにしたそうだ。


前置きがかなり長くなってしまったが、それでは彼の手紙を記そう。


「○○(妻)へ

結婚して8年間

今思えば苦労ばっかりかけたね


っていうのも、昨日娘と懐かしい結婚式のDVDを見てたら、色々と思い出したよ


ずっと家族よりも友達と仕事を優先してしまってたね


それから無責任に「一人で生きていける」ともずっと言ってたね


でもそれは強がりで、ホントは○○が優しかったからずっと甘えていたんだと思う


気がついていたと思うけど、俺は弱い人間です


今思えば未だに仕事に一喜一憂されている自分自身はあまり好きじゃないです


転勤先で出会った人達(特に□□さんと△△さん)に、自分が人間として全部負けてると思って、「地元で一番良い会社に入社した」というテングの鼻をへし折ってくれたのは本当に良かったと思う


その経験があって少しはマトモな人間に成長できたと自分では思っているけど、間違いなく周りの人からしたらまだまだ弱いんだと思う


そんな俺を正論で論破できるけど、ずっと我慢してくれて、その結果、○○が自分らしく生きられなくなって、友達からも心配されて


ホントに俺がダメ人間なんだと思う


ホントにゴメンネ


俺が思っている以上に○○をずっと傷つけてきたと思う


きっと謝るだけじゃ足りないから、これから8年以上の反省をしなくちゃならない


俺が○○のことを好きだった頃を思い出したから


という手紙だ。


彼はこの手紙をサプライズとするために、何を思ったのか手紙を「冷凍庫」に入れ、さらに、手紙の上に自分の「結婚指輪」を置いたらしい。


もう意味が分からない。


彼が言うには

「普通に手紙を渡しても面白みが無い。冷蔵じゃなくて、冷凍庫に妻の好きなSUNAOアイスを買って、その下に手紙と指輪を置いた。これならサプライズになるやろ(笑)」

らしい。


その結果がどうなったのか気になり、一週間待っていたが、それから連絡がなかったので心配になりこっちから問い合わせてみた。

すると彼は

「あっ、そういやそうやね!アラ?まだ読んでないみたい(笑)」

と笑って言っていた。


どうやら妻もズレているのかもしれない。


あるいは、夫婦は似てくると言うので、彼のズレた感覚が似てきてしまったのかもしれない。


後日、また彼から連絡が有り

「結局気が付かれないので、冷凍庫のコレなーんだ?」

とクイズ形式にして簡単にネタバレしたらしい。


妻は

「ずっと気にはなっていたけど、子供のイタズラかと思ってそのままにしてた(笑)」

と笑っていたようだ。


そして、手紙をゆっくり一人で読んだ妻は、嬉し泣きをしたようだった。


それからも二人は相変わらず不思議な夫婦でいる。


そう言えば、冷凍庫に入れた指輪は、なぜか未だに見つかっていないそうだ。


以上が、「彼が結婚指輪を外した日」の物語の全貌である。



以上です。

どうもありがとうございました。

夫婦の数だけ物語がありますよね。

前向きに協力してくれた友人に感謝です。

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