逃げるし走るし今だけだし
浅里 幸甚
第1話
「はあっ、ふうっ、ひいっ」
俺は今とにかく走っている。喉の奥から湧き上がる血の味が色濃くなっていく。小学校の時に体験していたあの味を改めて味わうと、どこか懐かしい気分になってきた。なんで血を吐くような思いを懐かしむ羽目になっているのか。俺は今までのことを思い出していた。
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自分で言うのもなんだが、俺はかなり平凡な人間だと思う。人生を変えるほどの力もないし、機会に恵まれることもない。恐らく友人も人並みにはいる。
そんな平凡な中学三年生だった俺は、本命の公立高校に落ちた。勉強も人並みにはしていたし、頭もそこまで悪くはなかった。
けど、俺が落ちたってことはその”人並み”が原因だったのだろう。俺よりも頭が悪かったはずの友人は、受かっていた。彼はきっと”人並み”ではなく、人生を変えるほどの力を持っていたのだと思う。
そして俺にはその力がなかった。ただそれだけのことである。
本命には落ちてしまったため、家に近いという理由だけで専願受験した滑り止めの早早高校に俺はこの春から入学した。
この高校は男女共学で、男子と女子の比率は6:4のちょうどいいバランスを保っており、地元でも有名な平均的な高校だった。俺が入るにはおあつらえ向きの高校というわけだ。
それに俺は本命の高校に落ちたからといっても、同じ中学の友人である伝助も入学していることから、後悔はしなかった。家も近いし、友人もいる。これからの高校三年間も平凡に暮らせそうである。
だが、俺はこの高校に入学したことを、後々後悔することになる。
早早高校は生徒は必ず一つの部活に所属せねばならず、部活に所属しない場合は生徒指導室に連れていかれるらしい。連れていかれた後は、3日ほど「オレ…ブカツ…ハイル…」しか発言出来なくなるらしい。
伝助からこの話を聞いてそんな伝説なんて存在しないと馬鹿にしつつも、震える体を押さえて俺は伝助と一緒に部活動見学に赴くことにした。
「伝助はさ、何部に入る予定なん」
「僕は卓球部かなー、楽そうだし」鼻をポリポリとかきながら伝助は言った。
「楽さで選ぶなら文学系がいいんじゃないか。なんかあるだろ」
「え、松浦もしかしてここの文学系の部活動舐めてる? 色々あるけどどこもめちゃ
くちゃハードなことで有名だぞ」
「よし、卓球部にしよう!」俺は即決した。
ひとまず卓球部の活動を見に体育館へ着くと、ユニフォーム姿の少年少女達が球の跳ねる音を奏でていた。見たところ10人ほどの部員がいるが、どの人も平凡そうである。失礼なようだが、ここが俺の居場所のように思えた。
「君達、新入生かい。どうかなこの部活は」部長っぽい眼鏡をかけた人が話しかけてきた。
「はい、僕達卓球部に入ろうか迷ってて…この部活って厳しいですか」伝助が言う。
「うーん、この学校の中だったら緩い方だと思うよ」
「え、ほんとですか! それなら絶対ここ入ります! いいよな松浦! 」
「お、おう、いいな入ろうぜ…」
俺はなにか違和感を感じたが、目を輝かせている伝助を前にしたら了承しかできなかった。
その後のクラスルームで、配布された入部する部活動を書く用紙に『卓球部』と記入し先生に提出した。その時先生から気になることを聞いた。
「松浦、お前は卓球部に入るのか…頑張れよ…」
「え、先生。それはどういう意味で…」
「いや、いいんだ。忘れてくれ。一度きりの高校生活、楽しめよ」
なんなんださっきから。この卓球部に関わり始めてから感じる違和感は。
次の日、早速卓球部に行ってみると、その正体が分かった。
「はい、外周もう一周追加だー! 走れ走れー!」「はいっ!」
俺は伝助と目をまん丸にして見合わせることしか出来なかった。そこには、昨日の平凡な卓球部の姿はなく、眼鏡部長は額に眼鏡がめり込みそうなほど険しい顔をしていた。
「あの…部長こんにちは…これは一体何してるんですか…」ためらいながら二人で話しかけると、眼鏡を光らせながら振り向いてこう言った。
「走り込み」
「え」
「だから走り込みだよ。一応体育会系なんだから当然だろ」
「昨日緩いって言ってませんでしたか…俺…これはきつい部類だと思うんですけど…」
「この学校の中では緩い、って言ったと思うんだけどな」
この時、俺の中の違和感の正体が分かった。この部活は、全く平凡じゃなかったんだ。考えてみると、文学系の部活はきついって体力的な話じゃなくて何かを作り出す技術を身に付けるのがきついってことなんだろう。そして、体育会系の部活動は体を鍛えて競技力をつけるのが目的だ。この部活は、学校の文学系よりは技術を身に付ける力はきつくないと、そういう意味で言われたのだと、気が付いた。
そうとなればやることは一つ。
「「部長、部活を変えさせてください」」伝助と同じ言葉を投げかけていた。
「あれ、この学校って一年経たないと部活動変更できないの知らなかった?」
まさかこの年で、絶望を味わうとは思いもしていなかった。やりとりを終えた後、諦めて体操服に着替えた俺達は、早速走ることになった。
互いの姿が受刑者のようにも見えて、これから一年の服役を予感させるように思えて更に絶望した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうだ、伝助と入部するって言った時から、俺の運命は変わってしまった。今までの歩いていくだけの平凡だった人生が、急に走ることになり絶望の血の味を体験することになるとは。
ただ、絶望を味わいながらも平凡を抜け出せることに俺は期待していた。今までの予想通りの人生を、壊せると。
俺は、ここから走りだしていく。
逃げるし走るし今だけだし 浅里 幸甚 @sakamushi
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