第133話 ほのかのおもてなし

 外に出ると、ちゃんとシンが待っていた。

 俺は疲れた顔で手を振った。

「どうした?何かあったのか?」

 色々……な。話したくもない。

「ん?隣にいる子は?女王の娘か?」

「コイツが不知火だ。信じられないと思うが、本当だ」

 シンが目を見開いて驚いている。当たり前だ、こんなロリババアがいてたまるかよ。

「どうして一緒に外へ?」

「俺をもてなしたいらしい。ある頼みを引き受けさせる為だ」

「頼み?何だ、その頼みは?」

 言いたくもない。

 俺は何も答えず、頭に手を置いていると、その手をほのかに掴まれた。

「ほれ。まずは胃袋から掴んでやるぞい」

「はぁ……本当に遅くなりそうだ」

「お前も来い。命令だ」

「へっ、は?」

「シン、従っとけ。背後のアサシンに殺されるぞ」

 不知火がシンも来いと言うと、シンの背後の暗殺者達が近くに立った。

 シンは観念して俺とほのかと通りを歩いた。

 通りを歩いていると、住民からほのかへの挨拶の声が上がる。

 とてもほのかを尊敬していて、ほのかを見るや頭を下げた。

 私兵やアサシンも同様だ。

「皆に慕われてるんだな」

「ワシはここの長じゃぞ。ほとんどの者がワシに救われとる。ここで仕事と居場所を与え、生きる理由を作った。住民達はワシの神様だか何かと勘違いしとるがの」

 遊楽町に住む人間のほとんどは、訳ありの人間ばかりだ。

 親に捨てられ、借金を背負ったり背負わされたり、命を狙われたりしていた。

 どこへ逃げても追われ、運良くたどり着いた場所がこの遊楽町だ。

 ここはほのかに認められたなら誰でも歓迎する。犯罪者だろうが、未成年だろうが。

 ただし、迎え入れられるのは女だけ。

「男はどうしてるんだ?」

「男達は皆、女の子に惚れ、守る為にここで兵士として雇っとる。キツい訓練に耐えた者達じゃから、忠誠心は厚いぞ」

 なるほど。男が少ない理由はそれか。

 彼らをここで兵士として働かせるように、嬢で心を射止め、留まらせているんだ。

 どのくらい歩いたか考えた頃、ある大きな建物の前に着いた。

 見た感じ料亭っぽいが、高級店なのかもしれない。

「ここでワシが奢るぞい!好きなだけ食べとけい!」

「ええ……?」

「従っとけシン。後が怖いぞ」

 俺とシンはほのかに言われるがまま、料亭の中に入った。

 料亭の中は珍しくテーブル席が多い。テーブル席には住民が料理を食べている。

 だが、ほのかを見るや食事を止め、彼女に頭を深く下げた。まだ小さい子どもまでも頭を下げている。

「よい、頭を上げい」

 ほのかを言われた住民達は頭を上げた。

「今日は客人に飯を食べさせに来たのじゃ。お前達は気にせずに食べていてくれ。おい、ワシらを案内しろ」

「は、はい!すぐに!」

 ほのかの近くにいた店員は慌てた様子で俺達を最上階のVIP席に案内した。

 道中、凄い周りから視線を送られ、むず痒い思いをした。

 席に着くと、店員が水を出して颯爽と下に降りた。

「あまり住民をからかうなよ」

「なはは!そうじゃな、流石にやり過ぎたわい」

 ほのかが水をゴクゴク飲むと、シンに話しかけた。

「お前、神楽組の若頭補佐じゃな?」

「はい、覚えて頂き光栄です」

 丁寧な口調で感謝の言葉を伝えるシン。

 どうやらほのかの方が神楽組より格が上らしい。

「ゼロ。神楽組はワシらから多額のシノギを貰っとるし、組長にワシの女の子をくっ付けたから頭が上がらないのじゃ」

「だからシンが下っ端みたいになったのか」

「ヤクザだけじゃないぞ。警察や府の役員、検察庁、裁判所、あらゆる機関の何もかも、ワシの言いなりじゃ」

 金野みたいに力を得ているのか。奴と違うのは、ほのかの方が狡猾な所だ。

「それより、注文しませんか?」

「そうじゃな!えーと、ワシはもう決めたからお前ら、早く選べ」

 もう決めたのかよ、早いな。

 俺とシンは注文を決め、店員を呼ぶ。

 注文を受けた店員は早歩きで下へと降りた。

「俺まで奢らせて貰えるなんて、感謝します」

「あ?勘違いするなよ、金を出してやるのはあくまでゼロの為じゃ。オマケのお前がしゃしゃり出るな」

「も、申し訳ございません……」

 うわ、神楽組の若頭補佐でもあり、警備会社の副社長に向かって何て強気な……。

 シンは深々と謝るだけで何も言わない。これが2人の差か。

 あらゆる意味で上のほのかが、俺の肩に頭を置いた。

「おい、何だよ」

「うむ、くるしゅうない。良い肩じゃな……」

「離れろ。心の距離の縮め方、下手くそかよ」

「へへへ」

「何で笑ってるの?」

 流石にここまで俺の事を気に入られると、恐怖すら感じる。

 条件に合ってるからって、ここまでスキンシップが激しいのか?

「お前、よく不知火様にそんな態度できるな」

「コイツが許可してくれたから。このロリババア、俺のどこを気に入ったんだ?」

「全部♡」

「ひぇ。今キラリと同じ雰囲気を感じた」

「キラリとは誰じゃ?女か?」

 あ、このロリババア女関係にうるさい奴だ。

 しばらくほのかのスキンシップに耐えていると、頼んだ寿司が来た。

 他にも海鮮料理や肉料理、シンやほのかが頼んだ物も来た。

 俺達は一旦食事に専念し、料亭の料理を楽しんだ。

 ほのかが自慢するだけあって旨いな。手が不思議と動く。

「ここの料理長はワシが引き抜いたのじゃ、女の子を使ってな。従業員はここの人間じゃ」

「へぇ。認めたくないが、ここの料亭の味は認める」

「フフフ。好きなだけ食べろい」

 俺に激甘だが、シンに対しては激辛だ。

「シン、残したら組に請求させるぞ?」

「美味しく食べさせて頂きます!」

「おい、シンを脅すなよ」

「分かった。もうやめるぞい」

 俺がほのかを抑えたのが嬉しかったのか、俺に見せる角度で感謝のサインを送った。

 一通り寿司を楽しむと、店員が日本酒を持ってきた。

「誰が頼んだ?シンか?」

「いや……」

「ワシじゃ。お前、酒飲めるじゃろ。ワシが注いでやるぞ」

 コップに日本酒を注ぎ、ついで自分の分も注いだ。

 シンには情けでビールを与えた。それでも良いヤツらしい。

「おい、こんな度数の高いの初めてだ」

「うーん?飲めないのか?変な所でお子ちゃまじゃな」

 イラッ。このロリババア、言うじゃねえか。

「そんなに言うなら、飲んでやる!」

 俺はグビッと一気に日本酒を飲んだ。

「お、良い飲みっぷりじゃ」

「ゼロ……大丈夫か?」

 ああ?何て?何だか体が熱いな。

「問題ない。それより、この酒美味いな。ロリババア、次はお前も一緒に飲め」

「構わないぞ。ほれ」

 俺のコップに日本酒を注ぎ、2人で日本酒を飲む。

 まだまだいけるぞ。何だよ、大した事ないな。

「ゼロ、中々の酒豪じゃの」

「この体にアルコール耐性があって良かった。酒に酔わせるつもりかもしれないが、俺は酔わない」

「そうかそうか。実は他にも良い酒があっての」

「上等だ。1本ずつ順番に飲んでやる」

 それから、ほのかが出す酒をひたすら飲んだ。

 どのくらい飲んだか自分でも分からない。記憶が曖昧になってきた。

 途中でシンが止めようとしたが、ほのかに睨まれて何もしなかった。

 そして最後の酒を飲み終え、深く息を吐いた。

 流石にここまで飲めるとは思わなかったのか、ほのかが驚きながらも褒めてくれた。

「凄い、凄い。こんなに飲めるとはな、意外な才能じゃな」

「うるせえ……ロリババア」

 意識がはっきりしないな。まずい、せめてもっと遅れる事を仲間に伝えないと。

「シン!電話くれ!」

「携帯は没収されて手元にない」

「じゃあロリババア!携帯寄越せ」

「ちょっと待っとけ」

 ほのかがパチンと鳴らすと、アサシンの女が姿を現した。

 よく見ると、このアサシンは俺が拘束した女だった。

「おい、ゼロに携帯を渡せ」

「ですが……」

「あ?」

「す、すぐに渡します!これをお使い下さい!」

 軽く脅すなよ……貰ったこっちの身にもなれ。

 俺は携帯を使って、響子に電話をかけた。

「もしもし」

『ゼロ?今どこ?』

「情報提供者と接触している。引き出すのに朝までかかるから、そっちに帰るのが遅れる」

『そう。伝えとくわ。ねぇゼロ、何か声色おかしくない?』

「そうか?気のせいだろ」

『ま、せいぜい良い情報引き出しなさいよ。期待してるわ』

「ああ、愛してる相棒」

『え!?ちょっとゼロ!あなたやっぱりおか、』

 響子が何か言ってた気がするけど、途中で切ったから分からなくなった。

 何だか、頭がボーっとするなぁ。

「はい、携帯返すよ、くの一」

 俺は女アサシンに携帯を返すと、急に何かの糸が切れた感じがした。

 その瞬間、俺の意識はなくなり、視界は真っ暗になった。


「……あぁ?」

 目が覚めると、見知らぬ部屋のベッドにいた。

 料亭で食べていた記憶はあるが、それ以降が曖昧だ。

 シンはどこにいる?部屋を見回しても、人の姿はない。

 てか、この部屋……妙にピンク色が多いな。

 まさか、この部屋は……!

 部屋の正体に気づくと、別の部屋の扉が開いた。

 出てきたのは、バスローブ姿の不知火ほのかだった。

「おい!ここはどこだ!」

「ワシが借りた遊女部屋じゃ。ようやく問題を解決できるぞい」

「遊女……やっぱりこの部屋、ラブホの部屋かよ!」

 その一室をほのかが借りて、俺をここまで運んだのか。

 シンや周りの奴らはほのかの地位の高さで邪魔できない。問題なくここまで運べた筈だ。

「ふむ。流石に最初は緊張するの。じゃが、この胸の高鳴りは悪くない」

「勝手にドキドキするなロリババア!俺は別の意味でドキドキだわ!」

「これ、あまり暴れるな」

 ほのかが小さな針を俺に飛ばした。

「あ……?」

 針をすぐに抜いたが、徐々に頭が働かなくなった。

 この針に……何か仕込んだな……。

「お前が乗り気じゃないのは知っとる。じゃから、ワシが背中を押してやるぞい」

「何をした……」

「何、ほんのちょっぴり媚薬を打っただけじゃ」

「本当にナニしてやがるこの変態ロリババア!?」

 そこまで徹底的にやるほのか、この勢いがボスまで上り詰めた才能か?

 てか、ヤバい。何か、ロリババアを見る目が変わった。

 コイツって……こんなに可愛いっけ?

 ボーっとするし、でも気分は悪くない。

「ほれ、今夜は最高になりそうじゃな」

 俺はほのかになす術なく、俺に密着した。

 そこからの記憶はない。

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