あれ
虫十無
足音
オレンジ、オレンジ、白、オレンジ、オレンジ、白。
明かりが後ろへ流れていく。一生懸命に走る。逃げる。こんなに懸命に走っているときにそんな音が聞こえるはずないのに、どうしてあれの足音が聞こえるんだろう。
最初はべちゃ、べちゃ、という水気の多い音だった。私はちょうどマンションの自分の部屋の前に着いて鍵を差し込もうとしたところ。その音は階段の方から聞こえて、ついそっちを見てしまった。
黒い、輪郭がはっきりしない大体人型の何か。その音は足音なのだろう。けれど下から登ってくる途中のそれの足元は見えなかった。ただそれの揺れに合わせて、少しずつこちらに来ていること、音がすることはわかった。べちゃ、べちゃ。
逃げなければいけないと思った。得体の知れないものがこちらに来る。怖いけれどなぜか足が竦むこともなくそれのいる方とは反対側に走り出す。反対側にも階段がある。そこから降りることができると思った。オレンジ、白、オレンジ、オレンジ、白、オレンジ。光が後方に流れていく。その速さに驚いてこんなに速く走れるのかとまで思った。
けれど私の足音とほぼ同じタイミングであれの足音も聞こえてくる。さっきより速い。後ろは見れない。見る余裕がない。こんなに一生懸命走るのは初めてだ。
光と足音しか知覚できない。オレンジ、白、カツカツ、べちゃべちゃ。疲労も痛みもない。だからこそどうにか逃げ続けられる。走るための格好をしていないからどこかしらが痛くなっててもおかしくないのに。靴擦れ、筋肉痛。じゃあ、急に疲れが、痛みが襲ってきたら? 怖さが増す。逃げなければいけない。
どうしてこんなに長いのだろう。このマンションはそれほど大きくない。五部屋くらいしかないはずなのにこんなに長いはずがない。光が流れていく。だんだん白の割合が多くなってきた。オレンジ、白、オレンジ、白、オレンジ、白、オレンジ。白、オレンジ、白、白、オレンジ、白、オレンジ、白、白、オレンジ、白、白。白、白、白。
ふっ、と軽くなる。いや、いつから掛かっていたのかいたのかわからない気付いていなかった重みが消える。急にそうなったのでバランスが崩れる。転ぶ、先は階段。落ちる。その中で見えた廊下に白い光はなかった。
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