貴女を目指して走る
一帆
第1話
小学生の頃、運動会が嫌いだった。
理由は簡単だ。『私が学年で一番走るのが遅い』ということを学校全体、それから保護者や地域のみんなに知れ渡るから。
なんで、学年でビリだってわかるって?
それは、徒競走の走る順番の決め方にある。まず、体育の授業中、一人一人50m走のタイムを計る。そして、タイムの早いものから六人一組でグループを作る。つまり、一番後ろの列で、一番足が遅ければ、学年で一番遅いということになる。
一番後ろの列に並ばされた私は、この中で負ければ、学年でビリだと決まってしまうとプレッシャーのもと、児童と保護者の前で走らなければならなかった。
―― 必死に走って負けたら嫌だ。
たぶん、そんなことを小学生の私は思っていたんだろう。だから、どんなに母になじられようとも、練習もしなかったし、必死に走らなかった。
だから、今年の体育祭もいてもいなくてもいいような玉入れに参加を希望したはずだった……。
「希望者がいないようなので、残りのリレーのメンバー一名は玉入れに参加する人の中からあみだくじで決めます!」
クラス委員の外山君の明るい声がクラスに響く。クラス中がざわざわする。
―― なんで、玉入れの中から選ぶの!!
―― そんなもの走るのが得意なバスケ部かバレー部で調整すればいいでしょ!!
―― 私なんかが走ったら、いいさらしものだわ。
私は外山君を睨みつけた。でも、私の視線は外山君には届かない。
「玉入れに参加する人前に出てきて、一人ずつこの竹ひごをひいていって。竹ひごに赤いマーカーがあったらリレーのメンバーに有無を言わせず登録だからね。よろしく!」
外山君の明るい声とは対照的に、玉入れに登録した人が仕方なさそうに席を立つ。私ものろのろと立ちあがる。確率は13分の1。そんなに悪くない。トランプのカードのエースをひく確率と同じだ。
13人が一斉に竹ひごを持ってひく。
「これで、今年の体育祭の出場種目メンバー決まったね。五十嵐さん、リレーよろしく!」
みんな嬉しそうな顔をして教卓から離れていく。……私は、自分の手の中になる赤くマーカが引かれている竹ひごが震えているのを見るしかなかった。
◇
終礼後、リレーのメンバーが私の机を囲んだ。外山君をはじめ、みんな、クラスの中心人物ばかり。バレー部、バスケ部、ダンス部……。
―― これじゃあ、公開裁判みたいじゃない!
「五十嵐さんって、リレーしたことある?」
明るく声をかけたのは、村野さん。外山君と一緒のクラス委員で、女子バスケ部の部長さんだ。短く切った髪がかっこいい。裏表がなくて、男子よりもイケメンだと女子の間でも人気者だ。クラスのカーストの上位にいて、私とは違う。
私は、下をむいて自分の手を睨みつけながら首をふった。
「……私、足、遅いし……」
私は、下唇をかみしめる。
「大丈夫よ。練習しようよ」
「でも……私、みなさんみたいに運動部じゃないし……、走るの嫌いだし……」
―― ぜったいに私を笑いものにするつもりだ。
私は全身硬くして、私を取り囲んだ人達からの嘲笑にそなえる。でも、私の耳に届いたのは、遠慮がちな村野さんの言葉だった。
「…… 私、この前、五十嵐さんの作品読んだわ」
「へ?」
「『龍とボク』。文化祭で文芸部の冊子に投稿していたでしょ。面白かったから、五十嵐さんと話したいと思っていたの」
「村野さんが?」
「もしかして、五十嵐さん、私のこと、ライトノベルも読まないバスケバカだと思ってたの?」
「むらのはバスケバカだぜ」
「いえてるー」
私の戸惑いを置いてきぼりに、私を取り囲んでいた人達が笑う。
「あの中のボク、龍を助けに洞窟の中、必死に走っていったじゃない? あの描写、とても真に迫っていた。私も、バスケしてて、相手にぬかれた時に、諦めずに追いかけようって思ったもの」
「やっぱ、バスケの話じゃん」
「ほっといて。それに、石を投げる時に、入射角をこのくらいにすれば、円弧がこのくらいでとか、物理の法則のこと書いていたでしょ? あれで、今まで、勘に頼ってシュートしていたけど、シュートももっと理論的に考えられるかもって思ったのよ」
「それで、最近、シュートする時、ぶつぶつ言ってたんだー。てっきり、呪文かと思ってた。ま、シュート率あがってたから、黙ってたけど」
「やっぱ、バスケじゃん」
「だから、うるさいって! もう!! 今、私は五十嵐さんと話しているの! 」
村野さんが、きっと睨むと、周りのみんながふふふと笑う。
「だからね! 五十嵐さんに理論的なことを教わって、私たちは五十嵐さんに実践的なことを教えて、お互い、ウィンウィンな関係を築いて、リレーの優勝、目指すわよ!! だから、五十嵐さんも、でも、だってと言い訳せずに、ちゃんと練習に参加すること! わかった?」
村野さんは、私の肩を掴んで私と目を合わせるとにっこりと笑った。
◇
運動会当日、私はバトンを受け取るべくトラックの所定の位置に立つ。
「がんばれー」と声援がとぶ雲ひとつない青空を見上げる。心臓がバクバク言っているから、ふぅとひと息はきだす。
思い出すのは楽しかった練習。
今まで、嫌いだった運動会がちょっとだけ好きになった。
第二走者がコーナーをまわってくる。次は私の番だ。
「大丈夫! 私だけを目指して走ってきて。そうすれば、あとは、私がなんとかするから!」
そう言ってくれた村野さんの姿を目指して、私はバトンを受け取った。
。
貴女を目指して走る 一帆 @kazuho21
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