現状把握

 現実逃避から気絶した男は,未だに状況を掴めずにいた。どうして自身の肉体が随分とふくよかになってしまったのか。そもそも,手足が短くなったとすら感じること。平々凡々に生きていただけの男には処理できない情報だった。そんな,どこぞの不死身の真っ赤なヒーローの様に千切れたところから新しい肉体が生まれるような特殊な体質ではない。あり得ないことが起こったことに男は無理やりにでも茶化そうとするが,目が覚めた男の視界には嫌でも短い手足が入った。

 仮説を立てる。もしも,何らかの技術で移植されたとしたら。そこまで考えて,フィクションの能力より馬鹿々々しいと男はその仮説を捨てる。しかし,どうしてこのような状態になったのか,男には全く思いつかない。何がどうやってこの様な現象を起こしたのか。自分の知識から考えても何も思いつかない。少しくらい,専門分野も学生時代に勉強すれば良かったと悔やむが,今やそれもたらればの話だ。結局その日は,あってないような男の脳みそだと現状把握に何一つ進展はなかった。

 それから暫くの時間がたった。男は現状身動きが出来ない。そして,自分の現状が最も嫌な可能性に近い事に気が付いていた。異世界転生だ。

 理由として男にとって,日本語と英語の様に見慣れた文字と大学で単位の為に取ったドイツ語だけが見知った言語だった。後は精々,類似しているというだけで読めはしないが中国語だろうか。視界に偶然入った文字はそのどれにも類似しない不可思議な文字だった。なにより,こちらを覗き見てい来る二人組の男女が何を言っているのか全く分からなかった。試しに,全く呂律の回らない口で

「こぉおはどぉ…?(ここは何処?)」

 と,言ってはみたものの。呂律が回っていないのも原因の一つであろうが,男女は特に反応することは無かった。また,『呂律が回っていない』+『関節が分からない程に肉付きのいい四肢』で男の頭に浮かんだのは子供だった。そう考えると,それ以外を考えるのが難しかった。

 その結論に至ると,男の絶望は凄まじかった。異世界転生したい?とんでもない!科学技術の発達した世界からいきなり数世紀も前の文化の世界にぶち込まれるのだ。民間療法とかいう殆ど気合で直せみたいな治療法が広がってたり,ヤブ医者がそこら中に居るのだ。衛生環境や,食文化も全く違うだろう。現代で肥えた舌が中世の料理それらを受け入れるのか。町中を歩いていると,上から尿が降ってきたり,体を洗うのではなく香水で誤魔化すことが許容できるか。答えは単純,無理である。

 異世界召喚の方がまだましだ。免疫を持ったまだ体力のある肉体。病気になっても生還率は高いだろう。それに比べて,赤子では低いなんてものじゃない。現代以外では赤子は簡単に死ぬ。少しの油断が死へと繋がるのだ。男は発狂したかった。全身をかきむしり,夢であることを願いながら神へ祈っていたかもしれない。しかし,それは出来なかった。赤子のみであったのが,幸いしたのだ。泣き叫び疲れると,直ぐに寝入り,起きての繰り返し。その時間は,男を落ち着かせるのには十分な時間だった。

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