第13話
劉延の短い演説ののち、民兵の再編がはじまった。
白馬城に集まった民兵の数は、五百を超えていた。敵の十万に比べれば少なすぎるが、この城だけで五百も戻ってきていたことにキョウは驚いた。他の城に逃げた者や、もっと別の場所に逃げた者もいるだろう。やはり最初の衝突での被害は小さかったのだと、改めて感心した。
キョウとシカは、同じ伍になった。城までともに逃げてきたテイも加わった。勘の良いテイが加わったことを、キョウは頼もしく思った。自分にはない才能を持ち、シカと通じるものがあるからだ。生き抜くには、武力だけでは足りない。持っている力を十分に使うことができる機転が必要なのだ。
テイもまた、シカとキョウの顔を見て喜んだようだった。わずかな期間とはいえ、ともに死地を潜り抜けたのだ。友情に似た何かが、互いの中に生まれていた。
「またしばらく一緒だな」
「ええ。自分はきっと役に立てます。生きているうちは、ですが」
「はは。ならば出来るだけ長く、互いに役立ちあうとしよう」
シカが笑うと、テイも笑った。年若いテイの笑顔は、子供のようだった。
さらにあとから二人加わり、キョウたちの伍は完成した。一人は、ハツという名の小さな男だった。長い戈(か)を持っていて、ずいぶんと丁寧に挨拶をしてきた。もう一人は、カンという大きな男だった。シカよりも背が高く、筋骨隆々。顔はまるで、岩か山のようだった。手に持っている矛が、子供の玩具に見える。
「ずいぶんな大男だな」
「厄介者になると思うが、よろしく頼む」
「目立つからな。だが、籠城では関係ないだろう」
キョウはカンの背を叩く。手のひらに、岩を叩いたような感触が伝わってきた。背を叩かれたカンは、ぴくりとも動かず、ゆっくりとキョウに向きなおった。顔を見合わせ、カンが笑う。山が笑ったようだと、キョウは心のうちで大いに笑った。
什と卒の編成も行われた。民兵の卒長は、正規兵から任じられた。五人の卒長が民兵の前に立ち、それぞれが短く挨拶をしていった。太守の人柄のためか、戦況のためか、いずれの卒長も腰が柔らかそうな男だった。高圧的な長に何度も痛い目を見たことがあるシカとキョウにとって、今回の編成は表情をゆるませるものだった。
「楽になったわけでもないのだがな」
「気をすり減らすよりはいい」
キョウが笑うと、シカも笑った。ハツとカンも意味が分かるらしく、わずかに肩をゆらした。テイだけが首をかしげ、やがてすねるように夜空を仰いだ。
再編は驚くほど早く終わり、什で集まって食事をとるよう命じられた。待っていたかのように、広場へ料理が運ばれてくる。それらは簡易で温かくもないものだったが、十分すぎる量だった。どうやら兵たちの分だけではなく、集まっている住民の分まで用意されていた。
流れてくる料理の数々を見て、キョウは両肩が妙にくすぐったくなった。あまりに手際がよく、食事の時間まで余裕をもって考えてあったからだ。普通ならば、敵が迫る直前まで籠城の準備をせよと命じられそうなものだ。
「最後の食事とならんようにしないとな」
目をほそめたハツが、静かに言った。戦の前には、誰かが必ず口にする言葉だ。いつもなら冗談で返すところだが、キョウは目をほそめ、そうだなと応えた。経験の浅いテイが、ぶるりと震えている。ハツの言葉に、はっきりとした冷たい重みを感じたのだ。
「今日は皆、初陣のようだな」
「違いねえ」
シカが笑って言うと、すぐそばにいた見知らぬ民兵が大声で笑った。釣られて、別の誰かがまた笑う。堰を切ったように笑い声が広がり、広場の空気は重い笑い声で満ちた。
広場に運び込まれた料理は、奇妙に美味かった。一人一杯分の酒まで用意されていて、いくつかの場所では宴のように盛り上がりはじめていた。狂ったような笑い声もひびく。泣いているようにも、怒っているようにも聞こえた。
一口食べ、シカたちを見る。自分たち以外の伍も混ざっているので、シカはキョウのそばには来ずに、もう一人の伍長のそばにいた。何かを話し、短く笑い、別の誰かに声をかけている。時折、キョウのほうを向いて、口の端を持ちあげた。キョウは片手を振って追い払うような仕草をすると、シカはくっくと面白そうに笑った。
戦いがはじまれば、この夜のことを思い出すのだろうか。
また一口食べ、夜空を見上げた。
篝火の赤が、夜をぼんやりと照らしている。城壁の上で見た夕焼けを思い出し、キョウはふと息を吐いた。口の中に含んだものの匂いが、わずかに鼻をかすめた。なぜか、少しだけ味が薄くなった気がした。
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