第4話
川から身を隠すように、進んでいく。
しかし、川の音が聞こえなくなるほど、離れることはしなかった。
夜明けまで生き残れたなら、水も飲まねばならない。食わなくとも、水だけは必要なのだ。
飲むためには、火を熾す必要があった。水をそのまま飲めば、病にかかる。水による病は、腹を下すだけに留まることはない。異様に腹を膨らませて死んでいった者を何度も見てきた。先ほど川に飛び込んで死んだ者たちも、いずれ死んだかもしれない。
先を行く、シカの足音が止まった。
気付いたキョウも止まる。後ろから付いてきていた数人の足音も止まった。
「どうした」
「気配がする」
そう言ったシカは、静かに身体を伏せた。
キョウも倣って、地面に伏せる。後ろからもがさりばさりと音がして、静かになった。
息を静かに吐く。
風の草葉を撫でる音が、広がっている。その先に、水の流れる音が聞こえた。他には時折、人の吐息らしきものが感じられるだけだ。
「味方ではないのか」
「いや、俺にも分かるぞ。何かに取り囲まれている気がする」
キョウの後ろから、怯えるような声が届いた。
振り返らなかったが、否定はしなかった。声を上げた男以外にも、同じように感じる者がいるようだったからだ。キョウには、気配というものがよく分からなかった。耳や目で感じ取れないものは、不確かに過ぎる。
「森の外だろう」
シカが静かに言った。
森の外など分かるのかと、キョウは眉根を寄せた。しかし、シカの勘は鋭い。当たるときは当たるのだ。どのみち、暗闇に閉ざされた森である。目は役に立たないし、耳も過敏になり過ぎて切り落としてしまいたいほどだった。
「将もこの森に逃げ込んだのではないか」
「あり得ん話ではないな」
キョウの後ろで、何人かが声を交わした。
意味のない会話だと、キョウは思った。将の所在がいずこであっても、今すぐにどうにか出来ることなどない。むしろ現状把握したら黙って、息を殺しておくべきだ。キョウが黙っていると、しかも同じ考えだったのだろう。低い声で、小さく唸った。唸り声は地面を這うようにして、キョウの後ろにも届いた。必要のない会話をしている男たちは、ぴたりと黙った。
静けさが戻る。
草葉の擦れる音と、どこからか流れてくる人の吐息らしきものが、森に佇んだ。
「このまま動かず、夜を明かそう」
シカが言うと、キョウは小さな声で同意した。
後ろからも、怯えるように賛同の声が聞こえる。取り囲まれているなら、移動しても意味はない。じっと息を殺して、機会を待つほかないのだ。
「刃は隠しておけ。鎧には泥を塗れ」
シカの代わりに、キョウが言う。
皆、返事をする代わりに足元の土を掘り出した。掬い上げた泥を、鎧の金属部に塗り込んでいく。月明かりにすら見つかってはならない。森の一部になるつもりで、全員が身体を汚していった。やがて静かになる。かすかに尿の匂いがした。
「隣にいる者と交代に寝ろ。生きていれば、明日、顔を合わせよう」
シカが言うと、誰かが泣くような笑い声をこぼした。すぐに別の誰かが殴った音がして、声は消えた。
風が吹き下ろす。
森が揺れ、草葉が鳴いた。夜がじとりと、兵士たちを包んだ。
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