Dream of running
サヨナキドリ
幼馴染おおいに語る
「私ね、夢があるの」
「夢?どんな?」
いつもながら唐突に話を始めた幼馴染に、俺は反射的に聞き返した。
「私、いつか走ってみたいんだ」
「はしっ……なんて?」
俺がまた聞き返すと、彼女はむっとした様子で頬を膨らませた。
「だーかーらー!走ってみたいの!RUN!走行!!」
これでも分からないかといったように言い募る幼馴染の様子に俺は首を横に振った。
「いや、分かるよ?分かるけど……いやー……もっと他に無いの?」
俺がそう言うと、彼女は眉を吊り上げた。
「はぁぁ。なんで分からないかなぁ、このロマンが」
大きなため息とともに首を横に振る彼女。いやいや。
「走るってアレだろ?エアロバイクを漕ぐみたいに足で直接地面を交互に蹴って、前に進むやつだろ?」
「そうだよ」
彼女が大袈裟にうなずく。俺は呆れを隠せないまま続けた。
「非効率的だよ。まだ本物の“自転車”に乗った方が良いって。あんなのが夢だなんて言うの、生まれつき寝たきりの人間くらいじゃないか?」
その言葉に彼女のボルテージが上がっていく。
「効率なんてどうでもいいの!!直接地面を蹴って、その振動が足先から頭まで伝わるのを感じながら、広い大地を青い空の下、風を切って走るの。それはもう、星との対話とさえ言えるんだよ」
言いながら彼女は、うっとりと遠くを見るような目になった。視線がよそを向いた拍子に、俺の視線はある場所に引き寄せられた。
「……揺れるだろうな」
「へ?ああ、たしかにあんまり強く蹴ると、地面を揺らして周りの人を驚かせちゃうかも」
「いや、……そうだな、気をつけた方がいいかもな」
否定しかけたが、適当に同調して誤魔化す。発言の真意を問われても困るので。それから思い切り笑顔を作って続けた。
「ロマンのあるいい夢だな。その時はぜひ俺にも一緒にいさせてくれよ」
突然の俺の宗旨替えに、訝しげに眉を寄せかけていた彼女は、続いた言葉に一瞬呆気に取られたような顔をして、少し頬を染めながら目をそらした。
「うん。約束だからね。その時は一緒にいてね」
俺はうなずく。
「その、じゃあ……指切り」
彼女は目をそらしたまま、小指を立てた右手を差し出した。その仕草に心臓が一回強く跳ねる。指切りなんて、いつ以来になるだろうか。昔はよくしたのだけれど。俺も同じように右手を突き出して小指を絡めると、彼女の体温が伝わってきた。小指で繋いだ互いの右手を揺らす。
「じゃあ!私はトレーニングに行くから!脚の筋肉を鍛えておかないと!」
ぱっと手を離した彼女は、慌てたようにそう言って出て行った。俺は息を大きく吸って、吐き出した。それから少しだけ気合いを入れて顔を上げる。
「さて、俺は金を稼げるようにならないとな。ただでさえ地球行きのチケットは高いってのに、それを2人分なんて」
俺はそうひとりごちると、移動用のラダーを右手で掴んで引っ張り、空中を泳ぐように身体を滑らせた。
人類が人工重力設備のないスペースコロニーでの移住生活を始めてから、だいたい100年が経っていた。
Dream of running サヨナキドリ @sayonaki
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