ゆっちゃんまって!

小桃 もこ

ゆっちゃんまって!



「はあっ、はあっ、はあっ、……」


 ゆっちゃんは走っていました。


「はあっ、はあっ、はあっ、……」


 おじさんも走っていました。


「待って! 待ってってば、……」


 おじさんは思いました。なんて足の速い子だ、と。


「いやっ! いやだ! もうっ!」


 ゆっちゃんは思いました。ヒゲのおじさん、こわい! と。



 ◇



 ゆっちゃんはオモチャ売り場に行きたかったのです。小学校入学のお祝いに、大好きな魔法少女マジョンヌの変身セットを買って貰えることになったからでした。


 はやく、はやく。


 ママが「あ、ゆっちゃん待って!」と言うのも聞かずに、一目散にオモチャ売り場へと走ったのでした。


 そうしたら。


 最初に追いかけてきたのはママでした。「待って! ゆっちゃん待って!」ママのどこかいつもと違う必死な雰囲気に、ゆっちゃんは気が付きませんでした。


 だってマジョンヌの変身セットがゆっちゃんを待っているんですもの。ほかのことに構っている暇はないのです。


 だけどゆっちゃんのマジョンヌへの気持ちはそこで突然途切れたのでした。そう、ゆっちゃんは気が付いたのです。


 誰かが追いかけてきてる……?


 気のせいではありません。それはママではない、知らないヒゲの男の人だったのです。


 ゆっちゃんはびっくりしました。そしてとても怖くなりました。心臓がドキドキと速く動いて、ゾクリと寒気がしました。オモチャ売り場に着いても通り過ぎて走り続けてしまいました。


 こわい!


 ゆっちゃんは泣きたい気持ちになりながら、一生懸命に走りました。追いつかれたら、どうなるの? 捕まえられて、ゆうかいされるの? それで、そのあとは……? ゆっちゃんはそのヒゲのおじさんが怖くて怖くて、止まることが出来ませんでした。


 すると──。


「あ、お嬢ちゃん、待って!」


 ……え?


 今度は知らないおばさんが追いかけてきます。ああよかった、助けてもらおう、そう思った瞬間、なんとおばさんは手を伸ばしてゆっちゃんを捕まえようとするではありませんか!


「や、やめて!」


 こわい!


 このおばさんはきっとさっきのヒゲのおじさんの仲間なんだ。ゆっちゃんを捕まえようとしているんだ。


 ゆっちゃんはもっと一生懸命に走りました。息が上がって、何度もこけそうになりながらもなんとか立て直して、頑張って走り続けました。すると今度は「あ、待って!」とキレイな声がしました。


 声の主は服屋さんのキレイなお姉さんでした。どうしてでしょう、そのキレイなお姉さんまでゆっちゃんを追いかけてくるではありませんか。


 ええ? お姉さんも、おじさんの仲間なの!? ゆっちゃんはいよいよわけがわからなくなりました。


 気がつけば靴屋さんのイケメンのお兄さんも「あ、あの!」と追いかけてくるし、本屋さんのハゲたおじさんも「おい、キミ」と追いかけてきていました。


 メガネ屋さんも、帽子屋さんも、ペット屋さんも、お花屋さんも、おじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん、ゆっちゃんよりも小さい子まで!? ショッピングセンター中のみんなが走って、ゆっちゃんを追いかけてくるではありませんか!


 なんで? どうして? その時、ゆっちゃんは見つけました。


「あ……ママ!?」


 どうしてでしょう、最初に追い抜いたはずのママが前方に見えました。


 そこはゆっちゃんが最初に走り出した場所、そう、トイレの近くだったのです。ゆっちゃんはショッピングセンターのフロア中を走り回って、ようやく最初のトイレのところに戻ってきたのでした。


「ママ! ママぁ!」


 ああ、よかった。ホッとしたらゆっちゃんの目からは涙がポロポロとこぼれました。


 ゆっちゃんはママに駆け寄ると、ママを倒してしまうくらいの勢いで思いっきり抱きつきました。


「ママ! ママ! うわああん!」


 ゆっちゃんは大泣きしましたが、ママは「もおう!」と怒っていました。


 そして、ゆっちゃんのスカートの後ろをグイグイとから引っ張り出して整えました。


 え?


 わけがわからないのはゆっちゃんだけで、ママの顔は真っ赤になっていました。そしてここまでゆっちゃんを追いかけて走ってきていたみんなに「お騒がせしました」と頭を下げて謝りました。


 みんなは「いやぁ、よかったよかった」とか「かわいいなぁ」とか「うふふ」とか言いながらぞろぞろと歩いてそれぞれのお店や買い物に戻っていきました。


 その様子をゆっちゃんがキョトンとして見ていると、ママがまだ怒っている声で言いました。


「もうゆっちゃん? あなたにスカート入れてそのまま丸出しで走ってたんだよ? それでみんな教えてくれようとしてたのに」


 ママは「ほんとにもう、ママ恥ずかしいよ」と膨れて言いました。


 ゆっちゃんはびっくり。そして「なぁんだ!」と笑いました。


「みんないい人でよかったぁ!」


 のんきなゆっちゃんにママはまた「もう」と言ってため息をつきました。


「ねえママ、ゆっちゃん、いっぱい走ったからおなかすいちゃった!」


「ええー? マジョンヌは?」


「あーとーで!」


「もーう、あ、こら、ゆっちゃん待って!」


 ゆっちゃんはまた走り出しました。今度はママだけしか追いかけてきません。ゆっちゃんはなんだか楽しくなって、スキップをしました。


 弾むゆっちゃんに合わせて揺れるひらひらスカート。それを見てショッピングセンター中のみんなが微笑みました。





〈おしまい〉





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ゆっちゃんまって! 小桃 もこ @mococo19n

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