どうしても手に入れたいもの

弱腰ペンギン

どうしても手に入れたいもの

 今日、この日のために、私は走り続けてきた。

 雨の日も風の日も、は嘘だ。そういう日は危ないから室内で練習したり筋トレしたりしてた。

 梅雨の時はルームランナーを使ったりする。

 けど、それ以外はほぼ毎日、走り続けてきた。

 体が風を切る音。遠くから聞こえる部活の声。たまに横切るバイク。

 来る日も来る日も、私は走った。

 コーチからトレーニングメニューを渡されたとき、私にはそれでは不十分だと感じた。

 だからもっと多めにとトレーニングを重ねた結果、倒れてしまったこともある。

 コーチから『君の体を考えて組んだメニューだ』と、すごく怒られた。

 それからは焦る気持ちを抑えつつ、目標に向けて一歩ずつ進んできた。

 それが今日、身を結ぶのだ。

 私の他にもランナーは多い。それだけこのレースに、命を懸けている人たちがいるということだ。

 もちろん私もそのうちの一人。絶対に負ける気はない。

 チャイムが鳴った。スタートの合図だ。しかし、まだ立ち上がってはいけない。教師の『終わり』という言葉が、真のスタートとなる。それ以外はフライング!

 ここら辺はスターターの胸先三寸だから、有利不利が発生する。しかし、今日の担当は2年副主任である、細貝真知子(28歳独身、彼氏募集中)だ!

 この人はせっかちで――。

「はい、今日はここまで。終わりま――」

「「きりつれいありがとうございました!」」

 スタートが切られた。

 今日は一年に一度、購買部に『お月見プリン』が並ぶ日!

 去年は『えー、なにそれー』的なノリだったので、買い遅れた。買えなかったのだ!

 まさか……こんなにも競争率が高いとは思わなかったからな!

「っく!」

 出遅れたか!

 くそう、すでに廊下中に生徒があふれかえっている。そして風紀委員とその監督者、生活指導の高杉がいる!

 この先生の前で走ったりしたら、プリンを買えなくなることが確定する!

「オラァ、何走ってやがるんだ!」

 目の前で男子生徒が連れ去られる。

 ちなみに風紀委員は全員女子だ!

 男女平等が叫ばれて久しい昨今、むしろ女子だけで組んでしまえと作られた組織だ。

 ちなみに委員長だけは三つ編み眼鏡が衣装となっている。これ、ブラック校則じゃねぇ!?

「うわぁー、なんでー今日に限って—」

 連れ去られていく男子の声が響く。が、私は見逃さなかった。

 女子に手を引かれ鼻の下を伸ばしている姿を。これだから男子は!

 とはいえ、この日に限って風紀委員総出で取り締まっているのはわけがある。

 この日だからだ!

「お前ら、プリン欲しさに走って転んで大けがしてばっかりだからなぁ! 歩けぇ!」

 正論だ!

 毎年けが人が続出していた過去があるため、こうなったそうだ。私が入学する以前はもっと荒々しかったらしい。そこで。

「だからと言ってぇ、競歩だったら許されるってわけじゃあねえんだよぉぉぉ!」

「「ギャーーー!」」

 廊下で競り合っていた男子が補導されていく。

 二人とも競歩選手もかくやという速度で歩いていたから……というわけではない。

 体当たりもしつつ競り合っていたので、退場となったのだ。

 つまり。

「プリンがぁ、欲しいならぁ、歩いてぇ! 粛々と! 購買に並べぇ!」

 というわけだ!

 だがそれでは勝てない。ゆえに、私はトイレを使う!

 トイレに駆け込むと隠しておいたロープを取り出す。

「「キャー!」」

 男子トイレには窓際に個室がある。便座と手すりに縛り付ければ私一人が降りるくらいの耐久性は持たせ……。

「しまった!」

 トイレを使ってた男子が逃げるように出ていったが、それどころじゃないわ。

「すでに、ロープが使われている……」

 私が隠したのは手元にある。ということは、同じ思考にたどり着いた奴がいるってことだ。

 まずい。奪われる。

「だからと言って!」

 このまま引き返したら、見張りの高杉に走っているところを捕まる。ならばいっそ、この道を進んでいくしかない!

 私はスカートをひるがえし窓枠に足をかける。そして窓を開けて呼吸が止まった。

「やぁ……」

 瞳孔をかっぴらいた、幽霊みたいな顔がそこにあった。

「ここ、男子トイレだよ……」

「そ、そうでしたー……」

 降りれなかった。

 あまりに怖すぎた。っていうかここ三階なんだけど。どうやって憑りついてたのかしら。

 女子トイレからは、無理だ。片方は窓枠から遠く、片方は用具入れになっている。耐久性が、確保されない。

「仕方がない」

 男子トイレを飛び出すと階段を駆け下りる。購買部、というか移動販売のワゴンが来るんだけど、それが一階の中庭になる。トイレから降りられれば目と鼻の先だったんだが、仕方がない。

 階段を降りようとするが、やっぱり人が多い。限定プリンは一人一個となっているが、こう多くては買えなくなる恐れがある。

 何か、手段は……。

「そうだ!」

 手すりだ!

 階段の手すりはかなり丈夫に作られている……はず!

 そして横と、上にもつけられているタイプなので、体重も分散できる……はず!

 踊り場から、早速手すりにロープを結びつける。しっかりと固定されたことを確認すると、ロープを握る。

「よし!」

 ここは三階の踊り場。ロープの長さは十分足りる。このまま懸垂下降するわよ!

「よしじゃねえんだよ」

 ……振り返るな。よし!

「だからよし、じゃねえんだってば」

「高杉……先生……」

 なんでバレたし。

「こんな入念に懸垂下降の準備してる奴を見逃すかよ。っていうかなんだそれ。しっかりと腰にもロープつけてんじゃねえか。本格的じゃねえか」

「カラビナも……ありますよ?」

「だからよし! じゃねえんだってば。やんなよ?」

 一式、没収されてしまった。時間のロスが激しい。

 くそう、このまま終わるのか。先頭集団はもう購買部についているだろう。一人一個、限定1000個のプリンがぁぁぁぁ!

 とはいえ降りねば話にならない!

 焦らず高速で階段を駆け下りつつ、作戦を練る……が、もうどうしようもない!

 一階に降りたらただただダッシュするしかない!

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 高杉につかまらないように、階段を駆け下りた。そして。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 人でごった返す中庭を見て絶望した。くそう、マンモス校め。

 2000人ほどいる生徒が、中庭に押し寄せるのだ。そりゃこうもなるわなぁ。

「トイレ作戦が成功していれば……」

 走ることすら敵わない。体も絞り、筋肉もつけ、コーチを雇い、懸垂下降の練習も積んだのに!

 あの人波をかき分けるパワーは、私にはない!

「それでも!」

 あきらめきれない。人波を、ワゴンのおばちゃんへと向かう人波を泳ぎ、ひたすらに前を目指した。そして。

「た、たどり着いた!」

 まだプリンはあるだろうか。トレーに視線を送ると。

『プリンは今年から別会場で販売となりました』

 うおぉぉぉぉぉぉぉ!

 近くの空き地に変わってやがったあぁぁぁぁ!

 見ると校門から人が、生徒が流れるように出ていくのが見えた。

 か、完全に出遅れた。というか情報を得ていなかった!

 ならば最初から負けていたも同然――。

「ん?」

 あっちは、空き地のある公園だが……たしか今日は!

「工事中だ!」

 つまり迂回しなきゃならない。反対側の門だ!

 そっちを見ると、気づいている奴が校門目指して走っていくのが見えた。

 人波を泳ぎ、集団から抜けると走った。

 道路に出ると交差点に向かう。信号は赤。ちゃんと止まって左右を確認。青になったのを『確認』してからダッシュ!

 目指すべき空き地が見えた!

「人は、少ない!」

 そう。今頃ほかの生徒は近道で大渋滞を起こしているのだ。だって通行止めだから!

空き地にはワゴンが止まっており、トレーが置かれている。

「いらっしゃい」

 おばちゃんは笑うと、トレーの中のプリンをもって、言う。

「一個、100円だよ」

 プリンを手に取り、100円を支払う。

 これが、夢にまで見たお月見プリン……。

「まいど。今年から新作になったからね」

 お月見プリンじゃなくなってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

「お月見イチゴプリンさ」

 もっとおいしくなってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 こうして私は、教室で勝利の味を堪能することが出来た。

 よし。来年に向けてトレーニング再開するか。

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どうしても手に入れたいもの 弱腰ペンギン @kuwentorow

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