光魚捕物帖(裏)

夏野資基

光魚捕物帖(裏)

 夏の早朝、孫がいきなり家に来た。玄関に立つ麦わら帽子を被った孫に、息子はどうしたのかと尋ねると、さっきまでここに居たがもう出かけてしまったと言う。彼奴きゃつめ、俺に文句を言われるのが面倒で、孫だけ置いて行きやがったな。

 しょうがないので孫を家に入れ、隣家から受け取った西瓜すいかを切り分けて出してやる。縁側でみずみずしい西瓜を美味そうに頬張る孫を見つつ、さて、どうしたものか。家にも近所にも孫が楽しめるようなものは何も無いし、遠出をしようにも手段が無い。

 思い悩んでいると、なんと孫は将棋を指せるとのこと。息子から教わったらしい。これ幸いとやってみることにした。


 押入れから将棋盤を取り出し、二人で駒を並べ始める。対面で駒をせっせと並べる孫の頭の旋毛つむじを見て、幼かった頃の息子を思い出した。

 息子は、昔から変わった奴だった。朝早くにふらりと何処かへ消えたと思ったら、日が暮れる頃に見たこともない謎の生物とともに帰ってくる。顔に目玉が六つある黒猫などはまだ可愛いもので、なかには子供を探しに来たと泣きながら訴える体長三十メートルの蜘蛛や、隙あらば人間を喰おうとする屈強な狼男集団など、とにかく色々な生物を連れて帰ってくるのだ。そんなことが頻繁に起きるので、俺と妻は大変苦労をさせられた。

 そんな息子は、今は冒険家をやっているらしい。だが仕事の話になるとたびたび訳の分からないことを言うので、真偽のほどは定かでない。大きな翼と極彩色ごくさいしきの瞳を持つ義理の娘に先立たれた後も、彼女との間にもうけた孫を独りで養えてはいるようなので、一先ひとまず放っておいている。

 理解できないものは、世の中にごまんとある。ならば、理解するよりも「そういうものだ」と受け入れてしまうほうが早い。破天荒な息子を長らく育てた、俺と亡き妻の結論であった。

 さて、駒を並べ終わった。孫相手に何枚落ちでやろうかと再び思い悩んでいると、殊勝な孫が平手でやりたいと言ってくる。孫の気概を汲んで、そのまま将棋を指し始めることにした。


 蓋を開けてみれば案の定、孫との勝負は終始俺の優勢で進んだ。孫の猛攻を受け流しつつ駒を奪い取っていく俺の指し回しに、孫が口をとがらせ難しい顔をする。俺は内心ほくそ笑む。息子が家を出てからは相手がおらずてんでご無沙汰だったが、俺はまあまあ将棋が強いのだ。

 頭を抱えて長考する孫に、氷の入った麦茶を出してやりつつ、孫の反撃をゆったりと待つ。ふと耳をすますと、家の外から蝉の声が聞こえた。

 息子と違い、孫は大人しい奴である。きっと真面目で思慮深い義理の娘に似たのだろう。息子の時のようにふらりと何処かへ消えることもないし、妙な生物も連れてこないので、大変助かっている。流石の俺もこの年齢としになってしまうと、子供を一日中探し回るのは難しい。

 孫に出してやった麦茶の中で、氷がカランと音を立てた。さて、そろそろヒントの一つでもくれてやるか。そう思った矢先、長考を終えた孫の飛車が俺の陣地に入り、龍王に成った。「ドラゴンキング召喚」と呟いた孫が、にやりと笑う。なんだか嫌な予感がした。


 俺の予感は見事的中した。

 突然「究極奥義! ドラゴンブレス!」と叫んだ孫が、ぶおんぶおんと勇ましい声を上げながら、龍王の駒を使って付近の駒を盤外へ弾き飛ばし始めたのである。敵味方関係なしの攻撃に、俺は年甲斐としがいもなく動揺する。おい。ちょっと待て。ちょっと待て孫よ。それはちょっと将棋とは違うんじゃないだろうか。

 普段の穏やかな孫からは想像もつかない蛮行ばんこうに、孫に将棋を教えたという息子のしたり顔が頭をぎった。おそらく彼奴が元凶だ。彼奴め、孫に適当を教えやがったな。


 勝負は結局、龍王で全ての駒を盤外へ蹴散らした孫の勝利で終わった。「ぼくの勝ち!」と高らかに宣言する孫の笑顔の輝きがまぶしい。だがその笑顔もドラゴンブレスなる反則技で成り立っているのだと思うと台無しである。おのれ息子め。これでは孫がただの糞餓鬼ではないか。

 後学のために、ドラゴンブレスが将棋の技ではないこと、本当なら反則でおまえは負けになるんだということを孫に伝えておく。すると「じいちゃんになら使っても大丈夫って、父さんが言ってたよ」とのこと。…………なんだか無性に背中が痒くなったので、冷蔵庫に追加の麦茶を取りに行くことにした。

 そういえば息子も、不利になると王将で盤上の駒を蹴散らし始めるような奴だった。


 その後もドラゴンブレスを阻止しつつ孫と将棋に興じていると、いつの間にか夕方になっており、息子が帰ってきた。

 帰ってきた息子は、体長三メートルほどの光り輝く太い魚を背にかついでいた。魚の光り輝くうろこが、家の中をギラギラと明るく照らす。眩しい。眩しすぎる。どこで拾ってきたのかと問うと、砂漠で釣ってきたのだと息子が自慢気に語り出す。目から光線を出すので、捕まえるのに相当手古摺てこずったらしい。まただ。また息子が訳の分からないことを言ってきた。

 この家から日帰りできる場所に砂漠は無いし、この世界には目から光線を出す魚なぞ恐らく存在しないというのに。

 こういう時、俺は息子が書いた小説を思い出す。冒険家の息子は各地で体験した出来事を、ファンタジーに脚色して、小説の体で何作も世に出しているのだ。

 一番人気のシリーズは、主人公が家の裏庭にあるゲートを通じて、異世界から迷い込んでくる魔物と交流したり、異世界へ渡って現地の様々な問題を解決していくような話である。息子のたくましい想像力に俺は読んでいて笑いが止まらなかったのだが、まるで実際に体験してきたかのような臨場感のある描写が評価され、世間ではなかなかの人気らしい。

 当の息子は、俺が小説を茶化すたびに「あの小説はすべてノンフィクションだ」と言い張るのだが……まさか、そんなわけもないだろう?

 何事も、理解するより、「そういうものだ」と受け入れてしまうほうが早い。

 俺は亡き妻と共に辿り着いた結論に従って、妙なことを言う息子も妙な魚も、いつもどおりそのまま受け入れることにした。


 息子が釣ってきた魚は、細かくさばいてあみで焼き、息子や孫と囲んで食べた。

 魚は仰々しい見た目の割に、素朴な味で美味かった。


※〇枚落ち:ハンデをつける

※平手:ハンデをつけない


(了)

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