追憶

三浦航

追憶

 この景色はどこだろう。

 夕方から夜に変わる頃のようだ。芝生の庭に少し年季の入った洋風の大きな家。

 楽しい記憶だったのか、辛い記憶だったのか。それも思い出せない。

横に人がいる気がする。こういう景色が好きなのはあの子だろう。僕の最初の恋人。

 見えている景色がすっと広がる。そうだ、僕たちは遊園地に行ってこの景色を見た。

 そう、夜ご飯をどこで食べようか迷っているとき、たまたま通りがかったのがその場所だった。外観は彼女の好みだった。僕はもちろん彼女の希望に合わせようとしただろう。しかしそのお店は予約客限定だった、はずだ。結局どこで夜ご飯を食べたのかは思い出せない。

 どんな乗り物に乗ったんだったか。ジェットコースターに乗った。何種類かあるその遊園地自慢のジェットコースター。ジェットコースターが好きな僕は、酔って気持ち悪くなりながらもとても楽しんだ。順番待ち中に酔いを治し、ジェットコースターに乗ってまた酔うの繰り返し。彼女はというと僕以上に楽しんでいた。自分の病気のことを気にしながらも、心から楽しんでいたようだった。

 他に乗ったものを思い出せない。ジェットコースターがそれほど印象的だったのか、それとも。僕はもう一つの答えを考えないようにする。

 どうやって帰ったんだったか。すぐには思い出せない。当時僕らは大学生だったから電車だろう。帰りの記憶はないが、行きがけの記憶は蘇ってきた。最寄り駅についた僕たちは看板の通り遊園地を目指した。でも結局看板を見るのが面倒になって、前を歩く人を追うようにして遊園地にたどり着いた。

 段々記憶がつながっていく。もしかしたら改ざんされた記憶かもしれないが。何しろもう10年近く前のことだ。行きの電車の中の会話は思い出せない。月並みの会話か、それとも彼女は当時はまっていたスマホゲームをしていただろうか。そうだとしたら僕はゲームをしている彼女を黙って見つめていただろう。僕は乗り物酔いがひどいから。

 そうだ、彼女は当時引っ越して僕の家からの距離が遠くなっていた。それもあって、確か大学の春休み、前日に彼女の家に泊まってから遊園地に行ったのだ。お互いの家に泊まるだけでも十分幸せだったが、会える時間が減ったので遊園地に行って存分に楽しもうと思ったのだろう。

 昼ご飯は思い出せない。ヒントを探そうにも、その遊園地は閉園していて、もう調べられない。

 ここまで思い出して、僕は違和感を覚えた。彼女との会話を何一つ覚えていない。ジェットコースターでの絶叫ぐらいしか彼女の言葉を覚えていない。なんならそれも改ざんされた記憶かもしれない。

 僕はさっき考えないようにした答えに手を伸ばす。

 僕はそのとき既に彼女のことを好きではなかったのではないか。付き合ってから多少の年月を経て、恋愛というよりもただの情で付き合っていただけではないか。その後僕の就職によって遠距離になった時は確かに涙を流した。会いたいと思うようになった。そのときの本当の気持ちはもう確かめようがない。

 そしてその2年半後、別れを告げた。その選択はお互いにとってプラスだったのか。これが恋なのか。

 彼女からしたら身勝手な彼氏だったかもしれない。もちろん別れるときはちゃんとした理由があったのだが。しかし今となっては伝えることはできない。どうか安らかに眠ってほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追憶 三浦航 @loy267

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る