夏の終わり

鹿島 茜

第1話

 音を立てて開いたドアから一歩足をホームにおろすと、むっとする熱に包まれた空気が僕を包み込んだ。初めて降りる駅の様子はどこか宇宙空間のようで、どうやって前へ進んでいいのか、一息ごとに悩まされる。案内に従って進み、改札口で切符を出して駅の外へと解放される。今が何年で何月何日なのか、わかっているのにわからない。ただ、青い空の向こうに広がる白い雲と痛いほどの日差しと、耳に飛び込んでくる数種類の蝉の声が、今の季節を夏だと思い出させる。暑い。とても暑い。どこか重苦しいのに、間もなく軽くなる気配のある暑さだった。


 仕事を5時に終わらせて、いつもとは逆向きの電車を乗り継いでここまできた。駅の目の前には噴水のある広場、そしてその向こうには大きな公園。ふと、これから行く目的地への道順がよくわかっていないことに気付き、もう一度駅へ戻って駅員に場所の確認をする。僕が行きたいと思っていた大きな病院は、駅から程近い大通りに沿ったわかりすい場所あにあった。


 ポケットからハンカチを出して汗を拭いたけれど、それでもじわじわと額に汗が噴き出てくる。夏なのだから、仕方ない。仕方ないけれど、苦しい。この苦しさは、いつまで続くのだろう。立ち止まってネクタイをゆるめていると、すぐそばの大きな木からツクツクボウシの声が響いてきた。ああ、この音。苦しさからの解放が少しずつ近づいていることを知らせている。


 一目見て病院とわかる白っぽい建物が見えてくる。ぼうっと白の塊が緑の中に浮き上がり、夏の湯気とともに蜃気楼のように目に映る。僕の横を、グレーの乗用車が通り過ぎ、病院の敷地内へと入っていく。それに続くように僕も病院へと入っていく。


 自動ドアを二回抜けても冷房はあまり強くなく、生ぬるい空気が肌にまとわりついた。外が暑いのだからもう少し涼しくしてもいいのにと思ったけれど、ここに来る人々の身体にとってはあまり冷やさない方がいいのかもしれない。行き交う白衣の男女や高齢の人たち、点滴を刺したまま歩く入院患者や会計を待ちくたびれる人。ここは異空間だ。日常に最も密接していながら、日常から最も離れた場所。


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