第77話 ただいまお傍に参ります……

「もう、五日間も楓禾姫様と……湖紗若様にお逢いしていない」



「船は、明後日しか出航しないですしね」



 私と詠史殿は、体術の鍛練中の休憩の合間、地べたに並んで座り、愚痴を溢し合っていた。

(というより、何かしら身体を動かしていないと楓禾姫様に逢えない事が辛すぎて……)



「しかし、楓禾姫は私達に気付かれないように、あの手紙を枕元に置いたんですよね?」


「いくら寝ていたからといって……楓禾姫様は、隠密としての才までおありなのか?」

(恐ろしいお方だ)



「お話し中すみません。よろしいですか?」


 私と、稜弥様の会話に割って入って来た男……

(暗号の男……)


 あの、外喜との一件以降、殿様に仕えるようになった男。


「……」


「……」


 稜弥様と、二人答えずにいると、特に気にするそぶりも見せずに。


「楓禾姫様に、そのような危ない真似はおさせする訳には参りませんから。私が 皆様の枕元に手紙を置かせて頂いたのです」



(……)



(……)



 私と、詠史殿は返事をする気持ちになれなかった。にも関わらず、秋川信介あきかわしんすけと名乗った男は。



『外喜殿に、仕えるのが心底嫌になったのですよ。あの日に。 会議をサボった際に、なずな殿が拉致され、楓禾姫と湖紗若様はお茶に誘われ、 ボヤ騒ぎまで起きた。 家臣たちは 会議の為に皆、集まっているのにですよ。調べれば、誰の仕業か直ぐ分かる事なのに。楓禾姫様と、湖紗若様のお命まで狙って。 愚かな人に仕えるなど 冗談じゃないと思いました』


 聞いてもいないのに、告白をぶちかましてくれて。




 言うだけ言って、鍛錬に戻っていった信介殿を見ながら、私と、稜弥様は。



「いくら、桜王家が造船技術に優れ、立派な船を所有していても。良く殿様が、楓禾姫様と湖紗若様の旅立ちを許したなと思っているんだ」



「本当に、殿様がお話しして下さった時、信じられませんでしたよね。桜王家の所有地だといっても、舟で一日半掛かる場所に……なんて」



『私は、楓禾姫様と湖紗若様を護衛して、無事、島にお送りする役目を仰せ遣ったのです。殿様は、桜王家の誇る水軍の中から、 特に海に詳しい者、船の操縦に長けている者をお遣わしになったんですよ』



 ここまでぶっちゃけた信介殿に、 良いのだろうか? と心配になるくらいで。



 秋川の、 殿様への心酔ぶりというか、忠誠心の厚さに驚くけど。



「秋川への、殿様の信頼度が凄すぎません? ほんの数日で……」



「信介殿が、 全てを正直に ぶっちゃけすぎるほど、ぶっちゃけたからじゃないでしょうか」



 稜弥. 詠史(それにしても……)



 二十代半ばぐらいだろうか? 想像するに。


 湖紗若様と楓禾姫様に。



 湖紗若と楓禾姫に。



 一日半の船旅にて、 懇切丁寧に接したと思われる……


 思わず……



『秋川、既婚者か? ……独身か?』



『信介殿、婚者ですか? ……独身ですか?』



 訪ねてしまっていたんだ。



『私は、既婚者ですよ』



(稜弥. 詠史)

 心底胸をなでおろしてた……





 こうして、永遠に、明後日など来ないのではないかと思う程、 長く長く感じた 二日間を超えて。





 楓禾姫様と湖紗若様の元へ。



 私、殿様、詠史殿、鈴様。なずな。凛実の方様。楓希の方様。陽様は、湖楓鈴丸こふりん まるに乗り込み大海原に飛び出したのである。


 楓禾姫様と湖紗若様の元へ。



 私、殿様、稜弥様、鈴様。なずな殿。凛実の方様。楓希の方様。陽様は、湖楓鈴丸こふりん まるに乗り込み大海原に飛び出したのです。



 ちなみに、稜禾詠ノ国。桜城の留守居役を。自ら。


 殿様と、私の父の勇の父で。私の祖父のこうと。



 稜弥様のお父上様の勇様が。



 申し出たのである。



 申し出られたのです。



 湖紗若様……


 楓禾姫様……ただいまお傍に参ります……


 湖紗若様……


 楓禾姫様……ただいまお傍に参ります……

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