駆けろ。走れ。全力で。

葵 悠静

 本編

 雲ひとつない快晴の空の下、降り落ちてくる光はじりじりと己の体を焼き付ける。

 そんな日光の暑さでさえ、自分のテンションの上昇につながっているような気がした。


 ついにこの日がやってきた。


 いつこの舞台に立てるのだろうと、走り始めたころから待ちに待ったこの瞬間。

 レースへの出場が決まった時は、本当かどうか怪しんだものだ。

 しかしこれも自分が結果を残してきたからこそつかんだレース。


 スタートに立つと、余計に実感する。他の者も同じようなことを感じているのか、身震いをしている者すら見受けられる。


 ただスタート時点で感動していても意味がない。

 ここで結果を残してこそ、本物なのだろう。


 ファンファーレが会場に鳴り響く。

 それに負けないくらい歓声が会場全体に響き渡る。


 今この瞬間の会場のボルテージは選手も観客も、一切合切全員含めて最高潮だ。

 気持ちを落ち着かせるためにも、軽く首を振って現状を理解する。


 体調もテンションも万全。

 この日の為にコンディションは最高の状態に持って行った。

 これで負けるのであれば、そこまでが限界だったといえるほどにすべてが整っている。


 走り始める準備をする。

 さっきまで騒がしかった場内が嘘のように静まり返る。


 スタートの瞬間のこの沈黙はいつも緊張するが、それと同じくらい心地よくも感じる。


 スタート。


 レースに全集中していたはずなのに、他の者に比べて少し出遅れてしまった。

 前にはこのレースに勝たんとする気迫をこれでもかというほどに溢れさせている同胞たちが立ちはだかる。


 しかしいくら同胞だとはいえ、自分もこのレースの一着を譲るわけにはいかないのだ。


 他の者を追い越していくのは、作戦的に自分にはあまり向いていない。

 最初から最後まで先頭で走り抜けたときの爽快感を一度味わってしまえば、なかなかそれ以外の走り方をしようとは考えられない。


 しかし現状出遅れにより自分は先頭を走ることができない。

 ここは三番手あたりで力をためつつ、最終の直線で抜き去る作戦に切り替えるほかないだろう。


 大丈夫、距離はある。

 スタートを多少失敗したものの自分にはまだチャンスがあるのだ。

 そのチャンスの瞬間を伺い、それが訪れたときに逃さず掴み取ればいい。


 半分の距離を走り抜ける。まだスタミナは残っている。十分に追い抜くだけのパワーは発揮できるだろう。


 しかし前を走る同胞が視界に入るたびに思い知らされる。

 彼らの太ももの筋肉は血のにじむような努力をしてきたのであろう象徴そのものだ。


 自分も生半可な努力をしてきたわけではないとは思っている。

 しかし同胞の迫力、筋量を見るたびについ考えてしまう。

 自分にもまだやれることがあったのではないだろうか、と。

 強靭な肉体はそれだけで相手へのプレッシャーという強力な刃に成り代わるのだ。


 いや、考えを改めよう。


 こんな大事なレースでメンタルをやられてしまっては、全力を発揮することができない。


 次のコーナーを曲がってからが勝負だ。


 後方からもどんどんと追い上げてくる同胞の気配を覚え、そのプレッシャーに押しつぶされそうになるが、ここで負けるわけにはいかない。

 我慢だ。我慢。


 コーナーを曲がり終えて最後の直線に差し掛かる。


 それと同時に鼓膜を破らんとするばかりの大歓声が我々を向かい入れる。

 それは怒号か、応援か。

 目の前の同胞の隙間から見えるゴールしかとらえていない自分の耳には何も聞こえない。


 歓声を一身に受け己の力に変換し、自分の身体に鞭を入れる。

 足に力をこめ、芝が生い茂る地面を力強く蹴りつける。


 一気に外に抜け出し前を走っている彼らの背中をとらえる。

 さすが一線級というべきか、その差をなかなか縮めることはできない。

 ゴールがどんどん視界に大きく映るようになっていく。


 もう時間はない。


 やはりいつも通りではなかったから、厳しいのだろうか。

 ぶっつけ本番でいつもと違うことをしてしまうのは邪道だっただろうか。


 そんなネガティブな思考がふと思い浮かぶ。

 しかしそんな時にふと目に入ったのは前を走るライバルたちの表情だった。


 全員が全力でその顔は疲労困憊といった様子だったが、そんな彼らの目は力強く輝いていた。


 諦めることを知らない。そんな眼光を宿していた。


 ……自分が恥ずかしい。失敗がなんだ、いつも通りではないことが何だ。

 今がいつも通りではないのであれば、その『いつも通り』の力を今ここで越えればいい。


 もう他の目には目もくれない。ゴールをしかとこの目に焼き付ける。

 その時目の前に光がさしたような気がした。


 抜けだすことができないと思っていた先の道に細いが確実な抜け道を見出した。  

 再度自分の身体に鞭が入る。

 何度も何度もまるで自分の限界を超えた力を奮い立たせるように、鞭を入れる。


 他の者の姿はもう見ていなかった。

 見えた光明に縋り付くように全力で地面をけり、ゴールへと駆け抜けた。


 ゴールを駆け抜けた瞬間、ゴールテープの代わりといわんばかりに、小さな紙が大量に宙に舞いあがる。


 それはまるでこのレースに出場している者たちを祝福するかのようなきれいな一色の紙ふぶきだった。



『今、今差し切ってゴールしました!! 定石を超えてこそが本物だ! 限界を超えてこそ掴み取った勝利!! 今華麗に盟友達を交わしきり、今まさに有終の美を飾りました!』

『最初出遅れたときはどうなることかと思いましたが、しっかりとした強さを見せつけましたね。素晴らしかったです』


 


 熱がこもりにこもった実況を聞きながら、いつの間にか手に握りしめていたを確認する。

 予想は見事に的中。これ以上ない完勝だった。


「今日は焼き肉かなー。食べ放題じゃないやつ。あ、寿司もいいなあ。もちろん回らないやつ」


 序盤諦めかけたが、結果を見てみればまさかの逆転大勝利にテンションが上がり、思わず独り言がこぼれ出る。


 重賞レースをかける時に一番メイン、軸にしている


 それが俺の競馬を始めたころから変わらない


 ジンクスの結果はいつも五分五分といったところだが、今日はうまく働いてくれたようだ。


 いやー、つい熱いレースだから想像もはかどってしまった。

 頭が熱暴走を起こしたかのように熱い。今日は寝るまでいい気分で眠れそうだ。


 美味しい美味しい焼肉屋に行くために、俺は喜び勇んで換金所へと駆け出した。

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駆けろ。走れ。全力で。 葵 悠静 @goryu36

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