第6話 開発の進展

 正月、牧村は久しぶりにのんびり妻の早苗、娘の舞と自宅のソファに座って過ごしている。舞は写っているテレビ番組に夢中で、その傍ら牧村と妻の早苗が話している。


「あなたも、あの論文以来ここ2カ月位は忙しかったわね。そのため、私も詳しいことを聞く暇もなかったわ。経産省からの日高さんはずっと江南市に滞在しているのでしょう?」


「うん、彼女は実家が市内だから、家からうちの大学か、江南事務所に通っているよ。FR開発計画の企画書は、1カ月前に出来て経産省の認可も下りて正式のものになった。もっとも、すでに人も動いて、機材の発注も始まっているけどね。


 結局、施設の組み立ては予定通り、四菱重工の工場内で行われることになって、基礎工事の準備が始まって、一部の器材が運び込まれ始めている。

 設計については、基本的なところは終わって、全体構造が明らかになったところだ。思ったより新しい機器の開発が必要な機材はないことがわかって、完成までの期間が前倒しになりそうだ。設計チームは、山村教授を中心に大学から8名、民間から5名の人が入って進めている。


 予算は、25億円の枠が付けられたけど、現状の見込みでは十分だろうということだ。10万㎾の発電機といえば、一番コンパクトなのがガス発電のものだけど、付属機器まで入れると大体30m×30mの用地に高さ10m程度になり、費用は50億円位かかるらしい。

 これが、今の予定だと、幅5m長さ10mの鋼製フレームに載せることで高さも5m以内に収まるレベルで、量産すれば20億円程度に収まるということだ」


「さすがにトラックに載せられるとまでにはいかなかったようね」


「うん、だけど、山村教授の話では、今の大きさはプロトタイプの場合で、量産タイプは大分小さくなるようだね。なにより、燃料がただの水だからね。結局、水を内部で電気分解して燃料の水素を発生させることにしたので、そうなったのだけどね。ただの水道水を軟化して使うことになる」


「特許申請の進み具合は、どうなの?」


「うん、すでに申請は済んで、公開はこの正月明けになるようだね。申請者は結局、僕と順平君、大学側として、山戸先生、山村先生にも入ってもらった。その4者と、今設立準備をしている江南大学技術研究所が契約を結ぶ予定だ」


「うれしいわ。特許使用料に代わって、その研究所から毎月お金が下りてくるのでしょう?」


「うん、各特許や技術による公社への収入と、開発者の貢献に応じて、給料に近い形での給付がある。今年の夏ころには生産に係る特許料の収入が入り始めるから、来年の今ころには給料は3倍くらいになると思うよ」


「3倍!幸せ!」


「しかし、このフュージョン・リアクターの発明の貢献度は、順平君が僕の2倍くらいになるから、彼はすごいよ。それと、今回の技術の延長で、いわば電子の缶詰ともいえるスーパー・バッテリーの開発の目途もほぼついた。

 石油エネルギーの使用先としては、発電もあるけど車等の燃料も大きいからね。高性能バッテリーさえあれば乗用車や運送トラックに安い電力が使える。


 さらに、この場合、大量のモーターが必要になるけど、順平君が、今の電線だらけのモーターって不効率過ぎると言い出ししてね。その新しいモーターの理論面はすでできており、いま機械工学の佐野教授と電気工学の水谷教授と院生が集まって、実機の試作に入っている。これも今年中には形になりそうだ。

 今後は、銅はできるだけ使わずアルミを使うという方針のようだ。なにしろアルミの資源量は多いけど、電力多消費ということでコスト高になっていたけど、今後は電力そのものが大幅に安くなるからね。


 これらの特許は、バッテリーはすでに申請書は出来ているし、モーターもほとんどできている。バッテリーについては、僕も申請者に入っているので期待してもらっていいよ。この点では、順平君は殆どすべての発明に第一貢献者で入っているからね」


「ところで順平君のお父さんの話はどうなったの?」


「涼平さんは、プロジェクト参加の件で、会社の了解は早めにでていたけど、なかなか持っていた仕事の引継ぎが大変で、少し時間がかかった。最初はFR計画に入っていたのだけど、今はモーターの方をやっていただいている。順平君と楽しくやっているようだよ。

 どうも、お父さんの会社で生産を担当するみたいだ。特に、自動車に使うレベルの30〜200㎾クラスのものだ。


 お母さんもセキュリティの面から勤めていた病院を辞めて、今は家におられる。経産省、四菱重工、山戸先生などから会社の社長へ話があって、お父さんは大分給料があがったようだから、それもあるんだろうね。  

また、順平君の一家は今のところはまだそのままの家に住んでもらっているけど、もう少し順平君のことが世間に知れたら、引っ越してもう少しガードしやすい家に越してもらう必要があるだろうね」


「ところで、順平君は結局どういう形で大学に係っているの?」


「うん、順平君は基本的には文献等のありかさえわかり、読めれば、授業を聞くより様々な情報、理論の理解は早いんだよね。そこで、基本的には授業に出るのは最小限にして、テーマごとに教官とドクターコースの院生とディスカッションに加わってもらっている。

 その中で、文献等についての情報が伝えられるわけだけど、この順平君の入ったディスカッションがものすごく有効なんだよね。何でもない話の中で、彼がいろんな考えを提議するのだけど、これが目からうろこが落ちるというか、『ああ、そうなんだ。そういう考え方もあるな』ということに連続なんだよ。


 だから、いま学内では“順平セミナー”、これが呼び名になっているのだけど、その順番待ちで大変だよ。実際、学内の現状では理系だけだけど、今年はうちの学校からすごい数のそれも画期的な論文が出るよ。

 この件では、ちょっとすぐに出すのはまずい内容もあって、経産省から専門の人が常駐して、分類をしている。そのように、すぐ発表できないものは当然、大きな産業の種ということで大きなお金に繋がるわけだから、待たされる人も特に不満はないようだね。

 また、そのからみで、弁理士は地元の山本さんの他にもう2名、うちの大学専任で来てもらっている」


「なにか、すごいことになっているわねーーー。 でもいいことだからうれしい!」

 早苗がそう言ったところで、ちょうど舞の見ていたテレビ番組が終わって、舞が「パバ、どこかへ行こうよ」と言う。

「そうだね。今日は、アインモールが開いているので行こうかね。じゃ準備をしよう」

 久しぶりに一家で、車に乗って出かける牧村一家であった。


     ―*―*―*―*―*―*―*―


 8月10日、閣議の席で経産大臣の中根が話を始める。この件は、昨日加藤首相と2時間程度じっくり話し合った結果である。山根はFRプロジェクトの進行に伴って、実現性には問題ないと今や確信していた。だから、首相にはこの件はすでに打ち明けている。

「ちょっと、皆さんにお話ししなければならないことがあります。現在、私どもの省が補助を出して開発が進んでいるあるプロジェクトがあります。これはフュージョン・リアクター開発計画、略してFR計画と呼んでおり、昨年11月に立ち上げたものです。


 これは、名の通り、核融合発電装置を開発しようというものです。規模は10万㎾のもので、これ以下のものは原理的に難しいためこの規模になったとものです。これは、水素をいわば燃料として供給すれば、電力を直接取り出せるというものです。


 水素は、水道水を電気分解するので、燃料としては水道水を繋いでおけばいいということです。放射能は一切出さず、反応温度、つまり運転温度は500℃以下、大きさは大体幅5m、長さ10m、高さ5m位のものだそうです。開発費は、25億円の枠を取っていますが、今の見込みでは枠の中に納まります。この枠は新技術開発の補助金制度のものを適用しております。

 開発は順調でして、あと1カ月もすれば、試運転にこぎつけるのではないかという見込みです」


「ええ! 核融合プラント! もう完成する! 重水素、3重水素でなく水素を使う! 電力を直接取り出す! なんなんだ、それは?」

 技術に強い文部科学大臣城田が叫ぶ。


「うん、私も最初聞いたときは、話がうますぎて信じられなかったよ。しかし、いろいろ話を聞くとどうも間違いないんだよね。しかし、うちで検討させてみると、いいことばかりではないんだな、これが。考えてみてください。


 10万㎾のこの装置は、発電機本体は間違いなく20億円以内で量産できますね。売値は少しあがるでしょうが。普通では石油、ガス発電で一声50~60億ですよ。しかも燃料がほぼ無料と来ている。100万㎾でも200億はかからないですね。

 燃料費が安いと言われているけど、再稼働にあれだけ反発のある原発で、110万㎾で3千5百億ですから勝負になりません。


 これで、従来の発電装置は間違いなくスクラップですよ。従って、電力会社の発電施設はすべて資産価値ゼロになるわけですよ。そのため、電力会社は発電設備をすべて全損にする必要があるため、莫大な資産減に見舞われるわけです。

 これは、大体全国の電力会社を合わせて、5兆円余りになります。この額は、残念ながら、電力会社の体力を超えていますので、何らかの救済措置が必要です。


 さらに、電力会社に限りません。現状の車から工場設備から、ほとんどすべての施設は現状の電力費㎾時当り10円から20円を前提にしているわけです。さらには、発電機やこれらの製造、メンテナンス等をしている会社や人たち、燃料関係の会社や人たちは仕事がなくなるわけですよ。さしあたって、発表したとたんに電力やこれらの会社の株式は暴落しますね。それだけではないのですよ。

 実は、この理論を確立したのは地方の江南大学なんだが、そのこともあって完成しつつある装置は江南市の四菱重工の構内で組み立てられています。その、江南大学を中心にスーパー電池、スーパー・モーターの開発が進んでいてこれも完成間近と言うのですよ。


 電池は、今までの常識を破る大容量のものが極めてコンパクトにできます。重量が2㎏のもので、百㎾時の容量で値段は2万円程度というんだな。

 つまり、この電池があれば、車に使う場合1回充電すると千㎞位は走れるということです。電力自動車の泣き所は、電池とモーターだよね。モーターは電池ほど画期的ではないけど、銅の代わりにアルミを多用したものになります。


 従来の半分程度の大きさで、重量は3分の1程度になるということです。アルミは、今のところはそこそこ高いけど、電力が劇的に下がると鉄と変わらなくなるよ。資源量としては最も多いんだし。

 ということは、シャーシとかは変わらないけど、エンジンを作っていた会社は電力の発電機を作っていた会社と同じ運命をたどるわけだ。たぶん、エンジン部分のコストはガソリン・エンジンの3分の1くらいになるんじゃないの。


 バッテリーの充電は工場に持ち込む必要があるらしいので、バッテリーはリースにして今のガソリンスタンドみたいなところで、取り換えてもらうことになるだろうね。これだけの開発が、今年中に完成する見込みなんだ。

 すごい開発ができました。よかったよ!とはいかないんですよ。


 そして、このシステムの導入でわが国が掲げた温暖化ガス実質ゼロは間違いなく達成できます。一方で、気象の激烈化はもう座視できない状態になっています、だから、これらのシステムの導入は人類の未来のために避けられません。

 一方で、皆さんもお分かりのように、これは我が国とって歴史始まって以来という位のチャンスです。 現在の発電装置はすべて、我が国の場合でいえば5年以内に廃棄になって、この方式に変わります。


 稼働中の原発も、休止中のものも例外なくですね。また、すべての車も発電機と同じで、近いうち、たぶん3年以内にすべて電気自動車に入れ替わります。また、工場設備の燃焼によって熱を出している全てもおなじことが言えると思いますよ。

 たぶん、ここ5年くらいに更新すべきというより、経済原則に従えば更新するしかないこれらの施設は、我が国のみで、100兆円を超えると考えています。


 つまり、民需として5年で100兆円の需要が突然現れるわけです。当然、これは直接需要ですから、さまざまな波及効果があって倍くらいには少なくともなると試算されています。

 一方で、現在我が国が輸入している化石燃料の輸入額は1年で15兆円余りになります。 これが、電力分のみでは、8兆円程度ですが、申し上げたように電気駆動に代わって輸送機器に油を使わなくなれば、化石燃料の輸入は現在の15兆円から、2〜3兆円になります。


 すなわち、5年程度で200兆円の需要が生まれ、さらには、燃料費として毎年海外に出ていたお金が12〜13兆円減ります。我が国は、幸か不幸か金だけはあるんですよ。

 だから、銀行は200兆でも300兆でも、民間が必要で、かつ明らかにメリットがある場合は貸しますよ。今の銀行は、誰も金を借りてくれないから国債を買いたがるというおかしなことになっています。間違いなく、この後の5年間の我が国の景気はすごいことになります。

 また、この国際的にみれば、このすごいアドバンテージを生かさない手はないでしょう。今後、我々政府がどう対応するか、知恵を絞る必要があります」


 そこで加藤首相が引き継ぐ。

「みなさん、聞いての通りです。この件は、発表がある時には政府がこのインパクトに対して万全の対策を取っていることを示す必要があります。そこで、装置が実際に動くことを確認し次第、私から国民の皆さんに呼びかけます。

 中根さん、今の予定では8月末程度に確認できるということですね?」


 首相の問いに中根が答える。

「はい、そう聞いています」


「わかりました。9月10日、今から1か月後に私がこの発明、開発の意義とその巨大な影響に対する国としての対応策、さらに国民の皆さんに望む対応を発表します。

 財務、総務、文部科学、経済企画庁等の関係する各大臣の皆さんは、各省において対応策をまとめてください。もちろん、これに関する情報量は開発を主管した経済産業省が先行していますから、当面次官の山本さんを窓口としますので、集まって協議したうえで進めてください」


 首相は言い、それから出席者を見渡した。

「今日の話は、極めて重要なインサイダー取引の情報になります。

 もし、今日の情報を株式の取引等で個人的な利益を得ることに使われた場合、告発されることを覚悟してください。さらに、これは国益上で極めて重要な情報です。この秘密は厳に守られるようにお願いしておきます。この件は、公安室に私から監視するよう指示しておきます」


 閣議の後、中根大臣は福山官房長官とともに首相に呼ばれた。

「ところで、今回の江南大学での様々な開発のキーになっているのは、その吉川順平君なんでしょう?」


 首相の言葉に中根が答える。

「はい、大学で様々なセミナーに顔を出しているようです。学内では『順平セミナー』と呼ばれているようですが、彼が加わるとすごい効果があるようです。

 あっという間に、今までいき詰まっていた案件が解決したり、普通の技術的な討論のはずが、画期的な改良の発想になったり、思わぬ副産物的な発明に繋がったり、ということが続出しているようです。

 これは、必ずしも順平君の発想のみでなく、出席者からの発想が多いようですが、結果としてそういうものが生まれるようですね。

 山戸先生は、『触媒』と言って、早くから気づいていたようですね。

 内容が、あまりにも重要であるため、発表の時期が問題なので前から常駐させていた1名に加えて、わが省から2名常駐させて、その辺の調整をやらしています。いま、江南大学には弁理士が3名常駐していて、21件の特許申請を進めています。

 これらの半分は、発光ダイオードをはるかに超える値打ちがあるという見立てです。そういえば、大学は文科省の認可も取って『江南大学技術開発公社』を設立して、特許関係の管理をするようです」


「なかなか、大学も手際がいいですね。しかし、こういったものでの特許料というのはどのくらいになるのでしょうか」

 今度は福山官房長官が聞く。


「特に核融合発電が大きいようですね。設備と電力使用量として考えているようですが、それぞれ㎾、㎾時当たりで考えているようです。設備が、国内向けが㎾当たり千円、電力が0.1円で、海外向けが2倍で考えているようですね」


 中根が言いうのに官房長官が異を唱える。

「え、ちょっと安すぎませんか?」


「単価にすると安いですよ。でもたぶん国内海外を問わず、すべてがこの方式になるのですよ。我が国の発電能力は大体5億㎾でから、5億㎾の千円ですから、5千億円、電力が年間2兆㎾時ですから1千億円です。世界ではたぶん日本の十倍の需要がありますから、それぞれ5兆円、1兆円です。どうです。安いですか?」


 中根がにっこり笑って言うのに、部屋の一同が驚く。

「「「「「ええ!」」」」」


「これは、いくら何でも個人の収入というわけにはいかないでしょう?」

 と官房長官が叫んだ自分を恥じるように言い、今度は首相が冗談めかして言う。


「うーん、江南大学はうまく考えたなあ。これは、国立大学の経費は江南大学に持ってもらうか。ははは」


 それから、首相は真剣な顔に戻って向き直り出席者に向かって言う。

「ところで、順平君は我が国の宝だ。よくぞ日本に生まれてきてくれたよ。たぶん今年中には、彼がこれらの動きの中心だということが漏れると思う。セキュリティ体制を早急に整える必要がある。私の発表前には万全の体制を整えたい。福山さんこの件はお願いできますか」


「わかりました。ご両親はもちろん、近い係累を含めて警備体制を構築させます。来週早々からでも、当面、陰ながら警備する体制を整えます。それから、江南大学での順平君の居場所等については考えなければいかんだろう」

 首相の言葉に官房長官が応じる。


「この件は、『江南大学技術研究所』の研究棟ということで、大学構内に当面国が建てて、リースででも貸せばいいのではないですか。今は、留学生をどうやってセミナーから締め出すか苦労しているようですから」

 その話を聞いている中根大臣が言う。


「しかし、建物一つ、といっても出来るまでに1年はかかるだろう。それまでどうするかも重要だよ。それだけ、いま現在で重要な動きがあるのなら」

 首相が言うのに官房長官が答える。


「はい、わかりました。近くのビルを押さえましょう」


「そうしてください。とにかくこの件は、現在における我が国の最重要な案件です。とりわけ、順平君になにかあったら取り返しがつきませんからね」

 首相がまとめる。

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