【朗読台本集】

嵩祢茅英(かさねちえ)

乾く雨

不問1人

5分程度

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古き日本、まだ神と人の距離が近かった時代の話。

山に棲むカミサマと、村に住む人間の言葉。


カミサマ

山に奉られている御神体。普段はミイラのように干からびており、雨の日にだけ動けるようになる。


村人

山に棲むカミサマの事を口伝で以って説いている。


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「乾く雨」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

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また来た、この季節が。

蒸すような空気に、まとわりつくような水気みずけが、ゆっくりと、私の体を満たしていく。

満たされ、やっと体が動くようになると、戸を開け、やしろを出る。

『雨』だ。

『雨』がこの身を形作る。

雨粒が、生い茂る葉に、大地に、打ち当たる音が、心地良く耳に響く。

この山には、たくさんの命がある。

ふもとの村は栄えている。

ふと、台の上の供物くもつに手を伸ばす。

この季節の果物は瑞々しく好ましい。

やがて葉月はづきになれば、雨は遠のき、再び乾く。

乾き、干からび、また、雨を待つ。

晴れの日は、知らない。


【間】


「神様っていうのは、なんでもかんでも願いを聞いてくれるっていう、都合のいい存在ではない。

こちらの願いを聞いてくださるには、それ相応の対価が必要なんだ。

実った作物、獣、時には人を捧げる。

そうして初めて願いを聞いてくださる。

この山の神様はね、雨がお好きなようでな。

だから、雨の日に、山に入ったらいけないよ。

領分りょうぶんって物が、あるんだよ。

人には人の、神様には神様の、敷地というものがある。

雨の日に山に入ると、命を取られる。

ある者は足を滑らせて。またある者は獣に襲われた。

だから、雨の日に、山に入ってはいけないよ。」


【間】


この世に生まれいでたのは、気が遠くなる程、昔の事。

その時、私は『人』だった。

山への捧げ物として、数人の子供と共に命を絶たれた。

その事について、何か思う事はない。

そういう習わしだと、理解していた。

だが、母は泣いていた。

泣いている母の声を聞いた時、悲しさが沸いた。

ただ、『それだけ』だった。


【間】


「何か願い事をしたいのなら、それ相応の対価を用意しなさい。

でないと、命を取られてしまう。

神様ってのは『善人』じゃあない。

うやうやしくまつり上げる。

でないとそれは、呪いに変わる。

忘れちゃあいけないよ、うやまう事を。

忘れちゃあいけないよ、おそれる事を。

忘れちゃあいけないよ、神の存在を。

そうやってみんな、生きてきたんだ。」


【間】


山は自然に溢れ、自然は恵みをもたらす。

自然と、人と、神が、この国を紡いできた。

今までも、そして、これからも。

互いの均衡きんこうを計りながら、互いを侵すことなく、互いを尊重し、命を繋ぐ。

信仰のあるなしではない。

何に重きを置くべきか、それが重要なのだ。

全ての命は、正しく巡るべきであり、

この国には、まだ未来がある。

そう、願っている。

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